第8話 愚者
星鏡の放ったカードの表ではナイト・キャップをかぶり布団の中で大きな枕ですやすやと気持ちよさそうに男が眠っている。その下端には表題が『
「黙示録の天使のラッパが鳴らされる前の静けさを感じる。ここから世界を一望できるが、落っこちそうだ。タロットにもあるでしょう」
「黙示録……」
そう口の中で呟いて、赤い男が一瞬フードの奥の双眸を光らせたように感じた。それから、赤い男がゆっくりとこう言った。
「タロットにもある、とはどういうですかな」
「タロット・カードにおいて0番はどれかご存じでしょう」
「『愚者』でございましょう」
「その通り。だが、当初は『愚者』は0番ではなかった。ただの無番号とされる場合が多かった。また、レヴィは『愚者』を大アルカナ22枚の中の21番としたし、エテイヤは小アルカナも含め78枚全ての札に番号を振って、『愚者』を78番にした。しかし、歴史が下るにつれ、『愚者』には0番という番号が与えられるようになっていった。つまり、『愚者』は無番号から0番、21番、78番というふうに番号が定まらなかったが、やがて0番と固定化されるようになっていった。
ここで言えることは、エテイヤにしてもレヴィにしても、全札の一番最後か、あるいは、大アルカナの最後の札『世界』の一つ前というふうに最も後方に置いているから、多くの優れたタロティストが『愚者』を一番最初か一番最後というふうに特別な位置にあるカードとして理解していたことは間違いがない。また無番号だったのも、『愚者』は他のカードとは違う何かの役割を持っていると古のタロティストたちがわかっていたからに違いない。
他の札とは違う役割。
そう、タロットのカード世界にダイヴする能力を得たほどの優れたタロティストは『愚者』が門カードであるということを見抜いていたということです。そうでなければダイヴし、戻ってくることができない。6番や11番など、その他の番号を与えられることもあったが、それは凡百なタロティストたちがたんなる知的遊戯としてその番号を与えていたにすぎないのです。それから、
ところで、なぜ、0番となったのかは、エテイヤ、レヴィの後を継いだ偉大な魔術師たちがかかわっているうちにそうなっていったことなのです」
「なるほど……。では、訊くが。『愚者』が門となるわけは? どうなんでしょう」
「カードを思い出して下さい。背中に袋を背負った若者が高い空を見上げ、意気揚々と歩いている。袋の中はからっぽで、これから過去と後悔が詰め込まれていく。遙かな前途でも夢見ているようだが、若者の目の前は断崖であり、あと一歩進めば崖下へと転落してしまう。警告を発している小犬の声も耳には届いていないようだ。とても危険なカードです。旅の始まりは、危険の始まりでもある。実際にダイヴしてみると、この崖の上から、タロット世界を一望することができる。そこには冒険と危険が待ち受けている。それでもダイバーは進まなければならない。崖上、冒険の始まり、夢を抱いた恐れ知らずの若者。このカードには空間と時間と物語の起点が抽象されている。抽象化された図像を読み取ることは難しい。見抜ける占い師は少ないでしょう」
男は星鏡の話を聞いて、しばらく黙っていたが、やがて、おもむろにテーブルの『夢』のカードを指さすとこう言った。
「では、このカードがどうしてこのデッキの門カードとなるというのですかな」
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