第9話 黙示録の天使のラッパ

『独裁者』『恐怖政治』『ハルマゲドン』等、そういった凶々しい絵の描かれたカードの中で、男がすやすやと気持ちよさそうに眠っている。赤い男がその絵の中の男をあざ笑うかのように押し殺して笑った。

「クッククク……。どうやら、甘い夢を見てるようですな」

「何も知らずにです。目を覚ませば、悪夢のような現実が待ちかまえている」と、星鏡は静かにゆっくりと自分に言い聞かせるように言った。

「描かれているのは、部屋の中の風景だけ。この部屋の外で何が起こっているのか描かれていない。唯一、外の様子をうかがうことができるのは小さく四角く切られた窓からだけです。その窓から見られるのは青い空と雲と鳥……、いや、鳥じゃない、違う生物か。いずれにせよ平和な風景……。うそだろ」と星鏡は鼻で笑った。

「この部屋とベッドの男は吊り舞台の上にいるようなきわめて危険な状態にある。揺れている。その波動を感じる。黙示録の天使のラッパの鳴る前の静けさのようだ。吊り舞台とは崖の上に綱だけで吊るされた舞台の意です。戦国時代、甲斐の隠し金山にまつわる話にこうある。武田氏滅亡時に口封じのため、鉱山の労働者たちを慰めていた遊女たちを吊り舞台の上で舞わせ、その最中に綱を切り、遊女たちを崖下に落として殺したと言われている。その吊り舞台です。このカードは迫り来る破局カタストロフとその始まりを抽象してる。甘い夢とはそういう底意を持っている」

「破局の始まり……」

「そうです。このカード世界にダイブしたら、黙示文学の世界を冒険しなければならないようだ」と星鏡はため息をついた。

「あなたは人類の歴史がヨハネの黙示録だとでもいうのですか? だとしたら、現代では第何番目のラッパが吹き鳴らされていると?」

「人類の歴史? どういう意味です? 私はこれらのカードがまるで黙示文学のようだと言ったのです。見て下さい、『独裁者』『ジェノサイド』『ハルマゲドン』『黒死病』『飢餓』『クラカトア』『大淫婦』『ゲーム』……。おそらく『ゲーム』は大恐慌を象徴しているのでしょう……。多くのカードがまるで黙示文学に描かれた災禍を象徴しているかのようだ。これらのカードが大黙示なら」

 と、星鏡は、テーブルに配られたカードを両手の平で示した。それから次に、隅に除けれらたカードの山を指して言った。

「そこに除けられたカードは小黙示なのではないのでしょうか? それらのカードは一体、どういうカードなんです」

「おっしゃる通り。これらのカードは小黙示アポカリプスと呼んでおります」

 そう言うと男は、隅に除けられたカードの山を手に取りシャッフルした。そして、そのカードをテーブルの中央に扇形に広げて置いてみせた。

「大黙示が26枚なのに対し、小黙示は48枚です。小黙示はタロットでいえば小アルカナに当たります。つまりこのデッキの数札とそのコート・カードです。小アルカナが4つのスートに分かれているように、小黙示も4つのスートに分かれています。タロットでは、棒、杯、剣、金貨の四つによって数が表されますが、小黙示では、小人、奴隷、傭兵、カーニバル移動遊園地の四つによって数が表されます。小人が一人、二人、三人というように十人まで描かれています」

 そういって男は、扇形に並べたカードの中から三枚ほど抜き出し、それらを星鏡に対して正位置になるようにテーブルの上に並べた。左から一枚目のカードにはいたずら好きそうな一人の小人がこちらをうかがっている絵が、二枚目には喧嘩をしている二人の小人が、三枚目には手を繋ぎ合って踊っている三人の小人が描かれていた。

「同じように、奴隷が一人、二人、三人……、十人。傭兵も、カーニバル移動遊園地も同じです」

「カーニバル?」と星鏡が訊ねた。

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