第7話 謎のカード
声のする方を見ると、ハデなドレスやきわどい下着で女装した三人の男たちがカードに描かれているのが目についた。ケバケバしい太った男は口に手を当てて笑っている。のっぽであごのしゃくれた痩せた男は髭剃りのあとが青々しく、くちびるには真赤な口紅を塗っていて、いじわるそうな横目でこちらを見ている。マッチョなガタイのいいやつは筋肉を誇示するポーズをとって悦に入っている。このカードの標題に目をやると『女装者』と書かれてあった。退廃しきった文化を象徴しているのだろうか……。
これは
別の方から、激しい声で人々をあおりたてている声がしてきた。見ると、そこのカードには、テレビかスマホの画面の中で声高に何かをしゃべっている男と、それを見ている愚鈍そうな人物が描かれていた。この声を聞いているとだんだんと不安になり、憎しみがかきたてられてくるようだ。星鏡は彼の罵声を振り払うように頭をふって、標題を見た。そこには『アジテーター』とあった。不安や人々の対立をあおっているようにも、厳しい現実に目を向けず、耳障りのいい事ばかり述べ立て、対立する者を無能、搾取者と罵倒し、人々の支持を集めているようにも見えた。不和作為者、譎詐者……。
次に、背筋がゾクッとするような感覚に襲われた。憎悪の念だ。見ると、そこにはフラスコの中のホムンクルスがうろのような二つの穴でこちらを見ている。なぜ、おれを生んだのだという恨み。本物の人間になりたいという欲求と気が狂いそうなほどの羨望。覚えていろ。おれたちの悲しみをいつかわからせてやる。それだけではない、古代の生物の獣性も感じる。そういったものが入り混じっている。クローン人間やデザイナーベビー、遺伝子工学によって生み出された人工生物や現代に蘇えさせられた恐竜。『ホムンクルス』のカードは、賀建奎准教授やクローン会社のような生命をもてあそぶ科学者や優生学などを象徴しているように思える。
だが、これも門ではない。
「どうなされました」と、突然、はっきりとした声が聞こえたので、顔を上げると、赤い男がフードの翳からこちらをジッと見つめていた。
「門カードがどれなのか。だいぶ惑わされているようですな」
星鏡は男の言葉に耳を貸す気はなかった。再びテーブルのカードへと目を落とした。
「あなたなら、門がどのカードなのかおわかりになられるはず」
カードたちが星鏡に何かを訴えかけてくる。激しい雨音のように星鏡の脳裏に響く。
「もし、わからぬようなら、私はあなたの前からすぐに姿を消し、主にこう伝えなければなりません。向星鏡が世界で最も偉大なタロット術師というのは偽りだった、と」
星鏡は男を完全に無視し、さらに意識を集中させた。
星鏡が流れ込んでくるカードのイメージの海を漂っていると、かすかに太鼓と笛の音が聞こえてきた。見ると、嘴の曲がった鵄のようなものや、翼を生やした山伏のようなものが舞い踊って、お囃子を奏でていた。その真ん中では身分の高そうな武士が一人、前後不覚に酔いつぶれている。と、ヤウレ…ボシ……、ヤウレ…ボシ…ミバヤとなにか囃し立てている声が聞こえてきた。田楽の姿をした化の物たちが囃し立てているのだ。畳には禽獣の足跡がついていた。
美酒に酔い、歌舞や闘犬にうつつを抜かし、権勢をふるう為政者とその一族に滅亡が迫っている。このカードの標題は見なくてもわかる。『美酒』だ。反乱の予感。驕り高ぶったものたちに迫る滅亡。民衆の不満の爆発。しかし、これも門ではない。
そもそも門とは何か。
タロットの門カードは何であったか。
タロットにおける門……。星鏡は考えた。
星鏡は押し寄せてくるイメージの中から、空気と風に意識を向けた。一見、平穏。しかし、深いところで危険が迫っている。
星鏡は風を感じる方へ目をやった。そこにあったカードは、これらの凶々しさを感じるカードたちの中で、平和でのんびりとした雰囲気を醸し出している数少ないカードのうちの一枚だった。
星鏡はそのカードを手に取ると、しばしの間、感慨深そうに眺め、目を上げて「これだ」と一こと言い、カードをテーブルの上に放った。
それを見て、男が言った。
「向星鏡。世界で最も偉大なタロット術師と噂される占い師……。うかがうが、どうしてこのカードが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます