第2話 運命の輪

 彼が部屋に駆け込んだときには、もう少女はいなくなっていた。残されていたのは床とテーブルに散乱するタロット・カードだけだった。彼はカードを拾い集めると、その表の絵を一枚一枚注意深く眺めていった。最後の一枚を眺め終えると、彼は天井を仰いだ。

「どこにもいない……! これは…?」

 彼は、部屋の中を見回してみた。夕陽がさし込む窓際には二つの鉢が置かれていた。一つには赤いカンナの花が咲き、もう一つには細い小さい枝に赤茶色いナツメの実がなっていた。テーブルは淡いピンク色のテーブル掛けに覆われていた。テーブルの端には蜻蛉玉のネックレスが二本飾られていた。反対の端にはレジンで作られた深海と砂浜のミニチュアが置かれていた。全て少女の手作りのものだった。周りの棚にはアクアリウムやホロスコープ、少女がいつも会話していたサボテンの鉢などが飾られていた。彼は一通り見回すと、呆然とたたずんだ。

 小乙女ことめ……。

 誰もいない部屋で彼は少女の名を呼んでみた。

 君ほどのダイバーがこんなことになってしまうなんて……。

 少女は彼の愛弟子だった。少女は世界中の若手タロット占い師の中でもずば抜けた才能を持っていると評判だった。少女の才能をいち早く見抜いたのは彼にほかならなかった。この部屋は少女のフォーチュンテリング・ルームだった。

 少女と連絡が取れなくなってまる一日たつ。彼は少女の身にただならぬことが起こったのではないかと心配になった。日中の最後の依頼者が帰った後の夕暮、夜の依頼者たちが訪れてくる前に、彼は少女のマンションの部屋を駆け込むように訪れた。バス、リビングの前を急いで通り過ぎ、一番奥のフォーチュンテリング・ルームに駆け込んだ。そこで、目にした光景がこれだった。

 彼は手の中のカードを強く握りしめた。それから、ゆっくりとカードに目を落とした。彼はそのカードをしばらくジッと見つめた。一番上にあったカードは『運命の輪』だった。バフーンおどけ者が、彼をある運命へと引きずり込もうとしていた。

 あれほど無理はするなと言っておいたのに……。一体、どのカードに君は閉じ込められてしまったんだ。待っててくれ、私が必ずそっちへダイヴし、君を救い出してみせる。

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