第8話 黒曜姫

【桃源郷】で働く遊女には下級、中級、上級、花魁、最高位花魁と呼ばれる五つの階級がある。


 それぞれの階級に応じて住まう階層が異なり階級が上がると階層が一段階上がるシステムとなっている。


 つまり下級が一階、中級が二階、上級が三階、花魁が四階、そして最高位花魁アカツキが五階に身を置いている事になる。


 そして今回、僕とカンナとフユはお手伝い先の姉女郎との顔合わせをするため四階へとやって来たわけだ。


 そう、僕らの姉女郎は花魁の人らしい。


 黒曜姫スズハ。


 烏の獣人。


 寡黙にして泰然自若。背から生える濡羽色の羽は見るものを魅了し沈黙させると言われている。また、聡明で知的。稀に王侯貴族相手に相談役として助言をしている。


 顔合わせというが前々から姉女郎が誰なのかは決まっていたことらしく服、教材、食費あらゆる費用を今までその人が負担してくれていたみたいだ。


 姉女郎が花魁になることは別段珍しい話ではないが花魁の手伝いに選ばれた禿は皆一様に上級以上の遊女になれているという。


 本人の努力次第だとは思うがやはり影響力が段違いなのだろう。


 花魁となれば格式が高い人を接待することが多い。そういう奴らと人脈を作ることができれば今後の自分のキャリアを豊かにしてくれる。借金完全返済の道の第一歩になるだろう。


 ただ、尻を狙うなら容赦はしない。相手が王族であろうが玉金を破壊し不能にしてやるつもりだ。


「モフらせてもらえないかな?」


 レンは淡い期待を胸に黒曜姫のいる大部屋へと向かった。


◇◇◇◇◇


 畳と煙草の香りが鼻腔をつく。


 約120畳の大部屋はレン達が毎日通っている大広間と大差ない広さだった。


 目の前には噂に違わぬ絶世、黒曜姫スズハが鎮座する。


「名は?」


 スズハはレン達三人に語りかける。

 

「レンです」


「フユです」


「カンナです」

 

 カンッとキセルを灰落としに当てしばらくした後、またスズハが口を開く。


「お前らの特技を教えなさい」


 まるで面接をされているかの様な緊張感があたりに漂う。


 そこで我先にと応えたのがカンナだった。


「鼻には自信があるのです!」


自信満々に語るカンナ。


 それを聞いたスズハは後ろに控えていた若い衆に五つの重箱を持って来させた。


「これらはすべて間夫からの贈り物でな。中には菓子が入っている。だが一つだけ鳥兜という毒が入っておった」


大事件じゃん。


 鳥兜といったら日本三大毒草の一つで有名だ。少量でも死に至る猛毒である。この世界にも存在していようとはな。


「当ててみろ」


「当てたら食べて良いですか?」


 甘味になると食い意地がすごいカンナである。


「好きなものを持っていくと良い」


 するとカンナは間髪入れずに右から二番目の箱を指差す。


「みたらし団子なのに変な匂いがするのです」


「正解だ」


 箱の中身を開けるとみたらし団子が入っていた。まさかの中身まで当てるとはさすが狼の獣人。


「わーい!やったのです!」


カンナは遠慮なしに四つの菓子を全部持って行った。これにはスズハも苦笑いである。


 そしてカンナは毒物処理係に任命された。


 続いてフユが応える。


「私は足が速いわ」


「そうか、ではこの手紙を届けてきてくれ」


 届け先は一階の待合に居る間夫。


 内容は分からないがフユは手紙を受け取り颯爽と部屋から出ていき数分足らずで戻ってきた。


 しかし、なぜかフユは浮かない顔をしている。


「どうした?」


「手紙渡したんだけどさ、その人が手紙の中を見たら急に泡拭きながらその場で倒れたんだよね」


 何が書いてあったのだろう?


 スズハはクツクツと不気味な笑みを浮かべている。


 そしてフユは楼内限定の飛脚に任命された。


「してお前はどうだ?」


残るは僕一人。


 皆んなは種族特性を利用し応えていたからやはり耳の良さか?


「僕は耳が良いです」


「ふむ、耳か......他には?」


 しかし、しれっと流される。


 ですよねー。


 耳が良く演奏できるからってまだ人前で芸事を披露できるほどの身分じゃない。それに体が小さいためまだ出せない音がある。


「空も飛べます」


 パタパタと耳を動かし浮いて見せる。これにはカンナとフユも目が点になる。


「曲芸師にでもなるのか?」


ダメみたいだ。


 これはまずいことになったな。まさかの僕だけ下されるのか?黒金貨30枚の借金があるのに?


 なんとかせねば。前世の知識をフル活用しこの状況を打破するんだ。


「え〜と......あとは......料理ぐらいしかないです......」


「ほう、料理か。では何か作ってみせろ」


 別段特技でもなんでもないんだがな。一時期自炊はしてたから家庭料理ぐらいは作れる。


 しかし、この人舌が肥えてそうだしな。


 もうダメ元で僕が一番得意なアレを作るか。


......


............


..................


 レンは若い衆に連れられ厨房にやってきた。


 今回作るのはオムライスである。何を隠そう僕の大好物はオムライスで一人暮らしを始めた頃から週三頻度でオムライスを作っていた。


 しかし、ブラック企業に勤め始めてから自炊はあまりしていない。そのため確実に作れるであろう料理オムライスを選んだのだ。


 まずは馬鹿でかい冷蔵庫から食材、調味料を出しチキンライスから作り始める。


 鳥の獣人さんにチキンは大丈夫なのかと問われれば無論問題ない。


 前世で言えば人間と猿のような認識だ。今回使うのは鶏のお肉。もし相手が鶏の獣人さんだったら忌避されていたかもしれないがスズハさんは烏の獣人さん。むしろ卵は気に入ってくれるはず。


 材料は至ってシンプルで玉ねぎとにんじん、鶏もも肉を使用する。野菜はみじん切りにもも肉は1センチ角に切り揃えフライパンで炒め、塩胡椒を振り、下味をつける。


 そこでご飯を入れるのではなくバターとケチャップを先に入れ少し炒めた後ご飯を入れるのがポイントだ。そうすればスムーズに全体にケチャップがいきわたり味にムラがなくなる。


 これでチキンライスは完成。


 次に卵を包む工程だが我が家では油ではなくバターをふんだんに使い卵を焼き上げ包む。そしてケチャップにバターを溶かし混ぜたソースをかければオムライスの完成である。


 バターの香りが厨房内を満たす。


 この甘ったるいオムライスこそ至高なのである。


 少し作りすぎたため二人の分も作ってやろう。


......


............


..................


「これは?」


「オムライスです」


 見慣れぬ料理に困惑するスズハ。調理過程を説明してあげたところスッと食指が動き始める。


「美味い」


 どうやら合格のようだ。その他二人もバクバクと無言になって食べてくれている。


 しかし、バターって食べた後口周りが乳臭くなっちゃうんだよな。花魁であるスズハさんにはあまりオススメできない料理なのかもしれない。


 次はバターを使わない丼系の料理にしよう。

 

 そして僕は賄い係に任命された。

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