第7話 初日

 ペロッと頬に舌が這う感覚。


 ダヴァンシェのモーニングコールでレンは起き、未だ爆睡状態の二人をモフり起こす。


 その後一階にある食堂で朝食を済ませ大広間に向かった。


 そこには遣り手のキヨ......ではなくもう一人の遣り手のトモエが居り午前は全てトモエが教鞭を取るらしい。


「あらあら時間通りに来れて偉いわね〜」


 トモエはキヨと違って柔和な印象。優しげな雰囲気を纏っているがこう言う人こそ怒らせたら一番怖いのだろう。なんせ鷹の獣人さんだ。その細目の奥にはとんでもない狂気があるに違いない。


 最初は識字学習から始まった。正直午前の部に関しては歴史学を除いて既にダヴァンシェから教わっているため問題ない。問題はモフ馬鹿二人組の方で識字学習なのにお絵描きを始める始末だ。


 パッとトモエの方を確認するレン。心なしか目がピクピクしているのは気のせいだろうか。


 次は四則演算。


 まず数の数え方から始まり、後半は簡単な足し算を習った。もはや前世の記憶を持つレンにとって退屈極まりない時間である。


「レン、指貸して!」


「私も貸して欲しいのです」


 必死に指を折り曲げ問題を解こうとするその心意気、嫌いじゃない。嫌いじゃないがチラチラと僕の答案をカンニングするのはどうかと思うがね。


 ほら、トモエさんの目がもう半分開いてるよ?


 前半の最後は地理、歴史学である。この分野に関してはレンも真面目に聞かなければならない。ダヴァンシェから教わったのはいわば現代の常識であり歴史に関しては教わっていないのだ。


「ではまず、五大国に関する建国のお話から始めましょう」


 それはまるで御伽のような話であった。


......


............


..................

 

昔々、部族間の争いが絶えない時代。


五つの部族が日々大陸を統一せんと互いに争っていた。


そこに異界の侵略者来たり。


闇が世界を呑み込み生きとし生きる多くの生命が朽ち果てていく。


魔の時代が始まる。


後、五つの部族から五名の英雄が立ち上がり魔ノ神を封じた。


魔ノ神は最後に十二の穢れを世界に解き放つ。


その時【奇跡の神獣】来り八つの穢れを滅す。


侵略は未だ終わらず、五人の英雄は四つの穢れに抗う為、東西南北に国を築き竜は中で眠りにつく。


※参考 最古の文献エルデーアの書 第一節

 

トモエ曰く現在進行形で四つの穢れと呼ばれる魔王が東西南北で侵略行為を行なっているらしい。因みに仲間意識はないとのこと。


 白蓮月聖王国では【蟲の魔王】を、南にある緋凰帝国では【罪の魔王】を、東にある華の国では【鬼の魔王】を、南にある海洋国家蓬莱では【星の魔王】を相手に日々争い合っている。


「全員倒してくれればよかったのに」


 恐らくフユは奇跡の神獣のことを言っているのだろう。それは同感である。


「それが出来ない状況だったのですよきっと。それよりも見てくださいこれ」


 カンナは歴史の教材に載っている現聖王の肖像画に鼻毛を生やした落書きを見せつける。


「へぇ」


 対してフユは緋凰帝国の現皇帝に長まつ毛を生やした落書きを見せた。


「やりますね」


「あんたもね」


 お互いの作品(落書き)を認め合っていると突如背後からがしっと頭を掴まれる。


「罰当たりな子達。カンナちゃんとフユちゃんは夕食後教材を持って大広間にいらっしゃい」


 開眼していた。


 それはカンナとフユの唯一の自由時間が無くなることを意味する。


 個人的には寝る前に二人をモフれないのは残念で仕方がないがこれも二人のため。温かい目で見送るとしよう。


◇◇◇◇◇


 昼食が終わり再び大広間に戻ってきた。


 そこには顔見知りのキヨが鎮座しており机ではなくが三人一台の古びた洋琴(※グランドピアノを指す)が並べられていた。


 各々三人組を作り座布団に座る。


「今、目の前にある洋琴に加え提琴(※ヴァイオリンを指す)、琴、三味線、笛、太鼓も弾ける様になってもらうからねぇ」


 キヨ曰くここ【桃源郷】では格式が高い人が多く来客されるため洋琴を優先的に学ぶことになっているらしい。


 ピアノなんてレンにとって音楽の授業で少し触れた程度でしかない。そもそも他の楽器だって縁のないものばかりだ。


 苦戦の予感。


 てか無理じゃね?


 提琴って確かヴァイオリンのことだよな?


 冷や汗を垂らし今後の苦難を予測しているレンとは対照に周りは見知らぬ音が鳴る物体に皆興奮している。


 ポロンポロンと不協和音が鳴る中キヨの怒号が響き渡る。


「次鳴らしたやつは貴様を打楽器にしてやるよ!」


 次の瞬間ピタッと音が止んだ。

 

 それは泣くわ。


 しかし、ここで勇者が現る。


「ポロンッ」


「ポロンッ」


 例えるなら学校の集会とかで一番最後に拍手するやつの様に最後鳴らしやがった奴がいる。


 そして間髪入れず両隣からピギャピギャと儚い断末魔が鳴った。


 モフ馬鹿二人である。

 

 この二人は終始どこか懐かしい気分にさせることばかりやる。


 まるで今が楽しくて仕方がない学生の様な生き生きとした輝きに満ち溢れている。


 終始感じていたこの疎外感はこのことなのだろう。


 自分にはないもの、いや無くなったものを二人は持っているんだ。


 全く羨ましいものだ。


「ポロンッ」


 羨ましい故につい手が動いてしまった。体がそれを求めてしまったのかもしれない。


「ほう、この期に及んで良い度胸だ」


 怒り心頭のキヨを前にそれでもレンは鳴らすのをやめない。


 いや、やめられなくなってしまった。


 昔ハマって聴いていたクラシックの一つ、ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第十四番【月光】第三合章をなんとなくだが弾けてしまっていたからだ。


 兎の獣人は耳が良いとよくいうが先程の不協和音から音域をインプットしていた様で、前世の記憶から何となくここを叩けば同じ様な音が鳴るだろうと感覚で鍵盤を叩いていた。


 所謂絶対音感というやつだろう。


 兎の獣人は芸事に関しては右に出るものはいないとよく言われている。


 しかし、これにはキヨも目を丸くせざるを得ず、レンへと伸ばしかけていた手を引っ込めてしまった。


 そして、演奏が終わりしばらくの間静寂が場を包む。


「まさか即興演奏しちまうとは末恐ろしいねぇ」


 無論ベートーヴェンはこの世にいないためオリジナルと思われている。まさか音楽系で転生者としてのアドバンテージが出るとは思いもよらなかった。


「でも鳴らしたから打楽器だ」


「ピギャ!」


 それでも特別扱いしないのがキヨイズムなのだ。

 

 次は舞踊の稽古になる。


 揺れるモフ達は見てて癒される。あっちにモフが揺れこっちにモフが揺れる。全く舞踊とは素晴らしいものだ。


 一方僕らに関してはキヨの監視下の元踊らされている。少し腕が下がっただけで扇子でパチンッと矯正されめちゃくちゃ痛い。


 ふざける余地なしである。


 最後は実戦闘練だ。


 大広間から武道場に移動する。


 内容は言わずもがな【増闘法】、【身体強化】、【思考加速】の習得演習である。恐らく少しでも良いから輩に抵抗できる力を身につけてほしいのだろう。


「お前は端で見学だよ」


 キヨはレンに命じる。


 まさかの参加させて貰えずはなから期待されていない様だ。その代わり黒色のホイッスルを渡された。因みに僕だけでなく全員に別色のホイッスルを渡している。何これ?


「今渡したホイッスルは特定の若い衆を呼び出すものさ。肌身離さず持っておくことだよ」


 色によって音が違うらしく鳴らせばその音に応じた若い衆が駆けつけてくれるらしい。


 つまりいつでもモフモフさんを召喚できるということか。一体誰がきてくれるのだろう?


 暇だし試しに読んでみることにした。


「ピー!」


「おい、次用も無しに呼びやがったらもう来ねーぞ」


  なんだシンキさんか。


 新規さんが良かったよ。


 しかし、血闘で勝ったあの条件は今も健在だ。最早シンキさんの尻尾は生涯モフり放題。逆にシンキさんで良かったのかもしれない。


「用ならあるさ。尻出せ!」


「クソが!」


ふむふむ、ちゃんと尻尾の手入れは欠かしてない様だね。


 グッドモフ!


 今日も良い夢が見れそうだ。


 その後実践闘練が終わり楼内掃除を行った後、湯浴みと夕食を摂りレンの禿生活初日が終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る