第9話 甲羅+モフ
6歳を迎えた夜ついに闘気量が一闘級へと上がり、保有闘気量の限界値を迎えた。
曰く、一闘級とは五大陸最高峰の実力を持つ最強の八人の獣人【八大闘神】と、その一部の【闘神候補者】のみが至りし闘級であると言われている。
そして今夜、前世でも味わった事のない激痛に見舞われていた。
これは所謂、一闘級に上がると弾き起こるとされる肉体の変化に伴う痛み。
今、レンの体は内包する全ての闘気を用いてさらなる丈夫な肉体に変化する【闘体変化】と、限界値に達した闘器を破壊しさらなる丈夫な闘器に作り替える【闘器錬成】が行われている状態。
例えるなら体を裂かれる痛みと、体の中をミキサーカッターでグチャグチャにされているような痛みが同時に起こっている感覚である。
大抵の人が一闘級に上がれずにいるのはこの痛みによるショック死が原因の一つだと言われている。
運が良いことに今日は敷布団の日。のたうち回りやすい最高のシチュエーション。
息を絶やさないことに全集中しダヴァンシェを抱きしめ苦悶の声の吐きどころとして利用させてもらっている。
二人を心配させたくない。そのまま眠っていて欲しいと願わんばかりに。
『大丈夫。私がずっとそばに居る』
ずっと語りかけてくれるダヴァンシェの声を頼りにレンは意識を保ち続け、気がつくと朝を迎えていた。
痛みは唐突に治り、世界に色が戻る。
敷布団は自身の汗で水浸しになっていた。爪で引っ掻きボロボロにもなっている。コレはもう捨てなければならないだろう。
今はただ生きているという事実に、安心感に浸りたい。
一呼吸一呼吸を噛み締めながら、しばらくしてレンはその場から立ち上がる。すると以前と比べて視線が高いことに気がつき近くに立てかけてあった全身鏡で自分の姿を確認する。
「身長が伸びてる」
鏡に映るは以前まで平均身長を大きく下回っていたチビ助ではなく、カンナやフユと同等の平均身長......より少し高めの姿になっていた。そして、ただ可愛らしいだけのルックスではなくそこに美しさが加わり自分でも驚きの美少年に変貌していた。
コレは流石に変わりすぎではないかと思うがもはや何か言われたら惚けるしかない。
実は猫背だったとか、イメチェンしてみたとか......流石に厳しいか?
『少し早めの成長期が来たとでも言っておけば良いさ』
なるほど。
獣人の発育は種族によって違いが出る。自分はそういう種族だから、または兎だけじゃない別の種族の特性だと誤魔化せばなんとかなるか。
ここにきて方親不明のメリットが役立つとは皮肉である。
その後起床したカンナとフユはレンの姿を見て顔を赤らめながら驚愕する。
「「誰?!」」
予想通りレンと認識されなかった。自分がレンだと証明するのに半日かかったとだけ言っておこう。
◇◇◇◇◇
ドンッ!ガシャンッ!ガンッ!と鈍い音と地響きが楼内を木霊し地を揺らす。
食堂で夕食をとっていた禿達は皆桃源郷から聞こえるその音にびくりと怯え、颯爽と部屋へと戻っていった。
誰かが暴れているのか......。
一足先に夕食を食べ終え補習として大広間に向かってしまったカンナとフユ。
二人の安否を確認するためレンもまた桃源郷へ向かうことにした。
......
............
..................
楼内は騒然としており中でも若い衆達が忙しそうで皆同じ方向に向かって走っていっている。
途中桃源郷に来る際キヨに頭を鷲掴みにされたカンナとフユが寮に飛んで行ったのを見たので最早ここには用はない。
しかし、好奇心には勝てず誰が暴れているのか見たくなってしまった。
若い衆の群れに混じり身を屈めテクテクと付いていくレン。すると後ろから突然肩を掴まれ振り向くとそこには面倒顔を浮かべるシンキの姿があった。
「なんでこんな所に居んだ?」
「同調圧力ってやつかな?今何が起こっているんですか?」
怪訝な顔をするシンキは応える。
「また亀が暴れてんだとよ」
シンキさん曰く、亀の獣人エイス・ダウアートという常連さんが来店されたらしい。
その方は遥か北方に位置する海洋国家蓬莱の重鎮たちの一人にして闘神である千尋のリングウェイのご子息なのだとか。また神獣界へと繋がる聖域を守る守護者の一人というめちゃ偉い人だ。
普段はとても温厚。ドM気質だが至って善性の亀の獣人さん。しかし、酒を飲むことでドMからドSに変わり破壊衝動に駆られ暴れてしまうという変わった体質を持っているという。
酒は人をおかしくするというがこの人は完全なる典型例。
以前にも同じく酒を飲んでしまい楼内をめちゃくちゃにした過去を持っているのだが楼内では酒を飲まないという約束で出禁にはしなかったという。
本当は出禁にしたかったらしいが流石に北方のお偉いさんを出禁にしたってなったら印象が悪くなってしまう。故に出来なかったのだろうが約束通りここ数年間は酒を飲まず暴れることは無かったらしい。
無論彼が飲まないように気をつけていたからというのもあるが遊女側でも酒を出さないように気を配っていたからだ。
しかし、新造上がりの新入りの下級遊女さんが謝ってその人に酒を注いでしまったらしく酒を飲んだ亀さん大暴れ状態。
その人を止めるには失神するほどの強い衝撃を与えなければならないらしい。
そのため若い衆総出で対応中とのこと。
「お前は早く寮に帰れ」
そう言い残しシンキさんは颯爽と走り去って行ってしまった。
◇◇◇◇◇
死屍累々の惨状。
巻き込まれた遊女やエイスにやられた若い衆達が彼方此方に倒れて伏している。
「皆の悲鳴を聞かせて欲しい!!!」
昂る筋肉が脈を打ち何故かダブルバイセップスを披露するエイス。
背丈は2メートルを超える巨躯を誇りその闘気量は闘神と並ぶ一闘級。そう彼は闘神候補者の一人でもある実力者なのだ。
若い衆達が各々の武器を取り出しエイスに立ち向かう。しかし、誰も彼もまさに紙の如く吹き飛ばされていく。
「チッ。最近のわけーやつはだらしねーな」
次の瞬間エイスが後方に吹き飛ぶ
シンキが走りざまにエイスの腹部を蹴り飛ばしたのだ。
しかし、エイスを失神させるには不十分な威力だった。
「良い良い!素晴らしい!だが軽い」
エイスはすぐに立ち上がりシンキへショルダータックルを仕掛ける。
「遅せー」
シンキはエイスのタックルを避け、懐に潜り込む形で相手の顎を拳で撃ち抜く。
「アヒンッ!」
その後お互い殴り殴られの泥沼の接近戦が続く。
シンキにとって殺せるものならさっさと切り刻んでいるが相手はやんごとなき人。そうすれば国家規模の大問題になりかねない。
そして相手も殺しをしたいわけではない。ただ破壊衝動に身を任せ他者を痛めつけたいだけ。そのため戦闘が長引いているのだ。
「良い良い!素晴らしいよ熊の人!それじゃもっと強いの行っちゃうぞ〜!」
エイスの闘気が膨れ上がり、それに呼応するように大気が震える。
ピキピキッと右上腕が隆起しエイスの右正拳突きがシンキを捉える。
間一髪、シンキは両腕で正拳突きを受け止めるが威力は殺せず窓を突き破り楼外へ吹き飛ばされてしまった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
「うんうんうんうんうんうん。良い悲鳴だ」
余韻に浸るエイス。
しかし、エイスは未だ満足せず次のターゲットを探し始める。
「おや?」
するとエイスの視界に映ったのは足を引き摺りその場から逃げようとする羊の獣人の下級遊女。
エイスはその遊女に目をつけ接近し拳を振り下ろす。
「きゃぁああ!」
しかし、その拳は遊女に届くことなく突如エイスの体が硬直する。
「アヒャンッッッ!!!!!」
エイスは奇声をあげ、泡を吹き口角を上げたまま気絶した。
......
............
..................
限りなく停止した世界でレンはエイスの側に近づく。
シンキさんには申し訳ないがやはり好奇心には勝てなかった。
さらに相手が亀の獣人さんと聞いちゃあ帰れるわけない。
亀の擬人化なんて一体どんな容姿をしているのか、甲羅はちゃんとついているのか、殻にこもれるのか、気になり始めたらもう止まらなくなってしまった。
予想通り単に亀の甲羅をつけた人......ではなく甲羅の上に黄色いもくもくした雲のようなものがまとわりついていた。
触ってみると少し弾力があり硬めの綿飴と言ったところか。
だが悪くない!
これもまたモフとして認定しよう!
とりあえずシンキさんも吹き飛ばされたわけだしこの人をどうにかしてあげようか。
やはり失神するほどの痛みといえばあれしかないよな?
闘気を足に込めレンはエイスの玉金を蹴り上げる。
そして再び世界が動き始める。
次の更新予定
獣異世界〜最弱種族ウサギの獣人の成り上がり譚〜 観測オニーちゃん @Kanesama0709
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