第6話 禿

 監禁生活が終わり、気がつけば年が明けていた。


 元の部屋に戻された僕はあいも変わらず闘術の鍛錬に費やす日々を送っている。


 しかし、今朝遣り手のキヨが部屋に訪れとある大広間へと連れてこられた。


 そこには約三十名弱のレンと同い年であろう子共達が集められ、皆座布団に座りがやがやと思い思いに過ごしている。


「長ー!」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえる。


 声のした方に視線を向けると手招きをするカンナとフユの姿があった。

 

 僕は二人と合流しあらかじめ取っておいてくれたのか一枚の座布団に座った。


「とうとうこの日が来たか」


 恐らく僕らは今日禿になる。


 しかし、そこまで憂鬱ではない。


 目の前に広がるモフ達を見て、ここは僕にとっての桃源郷なのではないかと思い始めたからだ。


 そして、今まで継続しやってきた鍛錬が自信となって少しばかり気が楽になっていることも要因の一つだろう。

 

 二人としばらく会話をしているとキヨともう一人の遣り手のトモエが前に立つ。


「静粛に!今日よりお前らは禿となり、女郎になるための学びが始まる。向上心を持ち、一所懸命に精進しなさい」


 キヨの覇気ある渇に全員の背筋が伸びる。


 そして今後の予定が書かれた紙を配られた。いわゆるスケジュール表というやつである。禿の1日の動きが時間単位で記入されていた。


・6:30 【起床・着替え】

・7:00 【朝食】

・7:30 【大広間集合】

・7:45 【識字学習】

・8:45 終了

・9:00 【四則演算】

・10:00 終了

・10:15 【地理・歴史学】

・11:15 終了

・11:30 【昼食】

・12:30 終了

・12:45 【楽器演奏】

・13:45 終了

・14:00 【舞踊】

・15:00 終了

・15:15 【実戦闘練】

・16:15 終了

・16:30 【楼内掃除】

・17:00 終了・解散

・17:30 【湯浴み】

・18:00 終了

・19:00 【夕食】

・20:00 【自由時間】

・21:00 【就寝】

 ※各姉女郎の手伝い、実践演習有り


 部活動の合宿かなこれ?


 かなり規則正しい生活をしちゃってるけどやはり子供は健全にって感じなのだろうか?


 いや、5歳児にしてはかなりハード......なのかな?社畜生活が長すぎて感覚が麻痺っている。


 故に心身ともに5歳児の二人の反応をチラッと確認してみたところ二人はワナワナと体を震わせ明らかに不満げな表情を見せていた。


 そしてビシッと手を挙げカンナが発言の認可を要求する。


「なんだい?」


「この予定表にはおやつが含まれてません!」


 あぁ、おやつね。

 

「一日三食食ってるだろう?充分だ」


「甘味を所望します!甘味を所望します!」


「これ以上文句を垂れるのならお前の頭を握り潰すが?」


 しゅんっと推し黙るカンナ。鷲の獣人キヨの鷲掴みはもはやトラウマものだ。


 そこで第二陣フユが手を挙げる。


「なんだい?」


少し苛立ち始めるキヨ。次くだらない質問をする様であれば容赦しないという眼圧をフユに向ける。


「実践闘錬をもう少し増やすのはどうかしら?」


「ほう?」


 不敵な笑みを浮かべるキヨ。


ただ、その提案はその他の子達を敵に回す事と同意。実際所々で舌打ちが聞こえる。


 しかし、フユの性根はその他の子達よりも度し難い天然物である。


「その代わり、四則演算と歴史学は消してちょうだい!」


「出来るわけないだろうが!」


 フユはキヨのアイアンクローを喰らい撃沈した。


 まずいな。

 

 僕も一つ質問したいことがあったのに、馬鹿二人のせいで言いづらい雰囲気になってしまった。そうだ、ここは一芝居打って......。

 

「あの、僕も一つ良いですか?」


上目遣いプラス涙目。相手の怒りを罪悪感でかき消す秘奥義である。


「む、なんだい?次はお前か?」

 

 明らかに嫌そうな顔をされるが先程までの怒りが消えている。


「血闘はしても良いですか?」


「構わん。ただそれで全員の予定が狂わされる様ならば相応の罰則を受けてもらうことになる」


「因みに相手が客人であっても?」


「規則上問題ない。だが受けるものはいないだろうがな。新造以下のお前らには若い衆が付くことになる。皆一騎当千の強者達だ」


 おや?

 それは良いことを聞いたぞ。


 ただ保険はかけておいた方が良い。最終的に血闘の強制力を用いることができるのなら今後も安心出来る。同じ人に執着されるのが一番面倒くさいからな。


 その後は筆記用具や各教材等を配られ、桃源郷に併設されてある寮に案内された。


 今まで居た部屋はいわば赤子の段階で売られた子のための子育て部屋みたいなものらしい。


 二階建てで少し古めかしい様相をしているが一人暮らしを始めた頃のあの倒壊寸前のアパートよりかは幾分まだマシな方だろう。


 因みにフユは若い衆のコンラートという男に拾われた捨て子で、カンナは一昨年の春にとある商人に売られたのだと。


「ここが今日からあんたらが使う寮だよ。それぞれ指定された部屋番に行くこと。浴場と食堂は皆共同で一階にある。決まった時間にしか入れないし食べられないからちゃんと予定表通りに動くことさね」


 そう説明しキヨは寮から去っていった。


 そして皆もそれぞれ指定された部屋に向かう。


 僕とフユとカンナは問題児扱いされているからか指定された部屋番が同じだった。偶然性を感じない。明らかに監視対象にされてる。


 だが、そんな些細なことなんてどうでも良い。


 思考加速開始!


 まさかの同部屋とはな......。しかし、なぜかフユとカンナは満更でもない様だ。二人に関しては修学旅行気分なのだろう。しかし、僕に関しては女の子二人、男一人の構図。加えて精神年齢40越えのおじさんという圧倒的背徳感。


 それにこいつらはまだ僕が男であることを知らない。今から女郎になるまでの間の約十年は共に過ごさなければならないのだろう?


 バレたらやばいのではないか?


 いやあえて今打ち明けるか?


 今のうちに慣れてもらえれば今後もこの関係性は崩れない。彼女達がまだ純粋な今なら順応してくれるはずだ。


 思考加速解除。


「二人に話したいことがあるんだけど」


「なに?」


「なんなのですか改まって?」


 よし、覚悟は決まったぞ!


「僕男なんだよね」


 しばらくの沈黙の後二人はキョトンとした顔で僕の顔を見る。


「こんな可愛いのに男なわけないじゃない」


「そうですよ。嘘をつくならもっとマシな嘘をついてください」


あぁ、信じてもらえないやつだわこれ。


「それよりも見てくださいこれ!二段ベッドですよ?」


「私、上が良い!」


「な!?ずるいですよ?」


馬鹿は高いところが好きというが本当なのかもしれない。


「ローテーションで回せば良いじゃん」


「ならじゃんけんですね?」


「負けないわよ」


 未だに僕が単に豪運の持ち主だと思っているらしくじゃんけん勝負こそ公平な勝負だと思い込んでいる。


 無論僕が全勝で二段目を、フユが一段目で、カンナが床で敷布団となった。


 カンナは悔し涙で枕を濡らす。明日僕が使う枕を濡らさないで欲しい。


 さて、ベッドは硬めか柔めか。


 僕は柔めのベッドでしか眠れないのである。


『やぁ、お馬鹿さん』


 ベッドに上がり出迎えてくれたのは白虎のダヴァンシェ。


 ベッドは少々硬めだがどうやら抱き枕付きの様だ。

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