第4話 仕置き部屋

●監禁生活1日目


 暗く湿った石造りの地下牢に僕は今監禁されている。


 皆はここを【仕置き部屋】と呼んでいるようで粗相をした女郎や禿が入れられる牢獄の様な場所だ。


 昨日【桃源郷】へ戻ってきた僕は真っ先に遣り手婆キヨの叱責と容赦無いアイアンクローを喰らいここに連れてこられたのである。


 加えて僕は禿就任までの約三ヶ月間をここで暮らさなければならないらしい。


 つまりめちゃくちゃ暇だという事だ。


 ダヴァンシェも日向ぼっこを理由に何処かへ行ってしまった。


 故にこの三ヶ月間は闘術の鍛錬に充てようと思う。目指すは二闘級である。


【思考加速】と【身体強化】の練度も上げておきたい。


 ただその前にやらなければならないことがある。


「なぁ、朝飯まだー?」


「今、配膳中だ」


「遅くない?」


「お前は最後に決まってるだろーが」


 因みに見張り役にはシンキが務めている。つくづく縁のある人だ。トイレや風呂に関してはこの人に伝えれば連れて行ってくれる。


「じゃあモフらせてよ」


「ダメだ」


 そのまん丸な尻尾をモフらせろー!


 ダヴァンシェがいなくなりシンキもダメということで、モフ欲を抑えられないレンは仕方なく自分の耳を触り気を紛らわすことにした。


 そしてしばらくして羊の獣人さんが朝食を持ってきてくれた。


 これで腹ごしらえ完了である。


 さて、鍛錬を始めようか。


●監禁生活30日目


 今日はとある実験をしてみようと思う。


「なぁ、シンキさんシンキさん」


「......」


「シ〜ン〜キ〜さん!」


「うるせーな、なんだよ?」


「じゃんけんしない?」


「やらん」


 人付き合いの悪い奴め。僕が言うのもなんだが友達少ないな絶対。


「じゃんけんは10回勝負。僕が一度でも勝ったらシンキさんの尻尾をモフる、僕が全負けしたらこの三ヶ月間はシンキさんに喋りかけないしちょっかいも出さないことを誓おう」


 前者はともかく後者に関してはシンキにとっても悪い話じゃない。この五日間レンは執拗にシンキに絡んでいた。それはまるで赴任してきたばかりの教師に『彼女はいますか?』と質問してくる面倒臭い生徒の様に。


 故にシンキは精神的に疲弊していた。元来人付き合いの苦手な子供嫌い。ここいらで黙らせておくのも良い手だとシンキはその勝負に承諾した。


「チッ、分かった。やってやるよ。だが普通のじゃんけんじゃあダメだ。【血闘】なら受けてやっても良い」


【血闘】。


 誓約のオルコスが作りし決闘様式。

 

 発動条件は両者の新鮮な血の交わし。一方的に破棄することはできない。


 あらかじめ互いの望むものを提示し、敗者は自分の損失を受け入れ、勝者には勝者の望みが強制的に叶えられる。


 血を交わした闘士は誓約に基づき勝敗が決するまで辞退することは叶わず、誓約を破ろうものなら【断罪ノ意思】により【閉ざされた世界】に永久追放されるという極めて厳格にして強制力のある決闘である。


「良いよ!それじゃあやろうか」


 お互い親指の腹を犬歯で噛み切り血を交わす。


血闘成立ドゥ・エーリエ!」


血闘成立ドゥ・エーリエ!」


 次の瞬間、無数の赤色に輝く光の玉が格子で隔てられた二人の周囲を取り囲む。


「最初に言っとくぜ?お前は俺には勝てない」


「ふっふっふっ!馬鹿だねシンキさん。じゃんけんは運が強い奴が勝つ。10回やれば1回ぐらい勝てるに決まってるだろ?」


 嘘である。


 単なるお遊戯であれば運勝負になるがこの世界の実力者界隈のじゃんけんとはいわば動体視力がより優れている方が勝利するスポーツの様なものなのだ。つまり【身体強化】と【思考加速】の練度がより高ければ高いほど有利であると言っても良い。


 今回は後者に該当しシンキは敢えてその事実を口噤む。細かくルールを決めなかったレンが悪いと。


 だがシンキは知らない。


 レンもまた闘術を扱える闘術使いファイターであることを。


「いくよ?最〜初〜はグー、じゃ〜んけ〜んぽい!」


 レンはチョキを出し、シンキはグーを出す。


「まだ1回目だから」


「そうかい」


 シンキはほくそ笑む。


 レンは常に闘気の量を【偽装】しているためシンキから見ればレンは七闘級並みのか弱い相手として見えている。


 しかし、それで手を抜く様な生温い根性はシンキには持ち合わせていなかった。どんな相手であれ叩き潰すという気概の元全力で【身体強化】と【思考加速】を施している。


 通常運転のシンキにはたとえレンが本気を出したとしても敵わない。


 そして引き続きじゃんけんを行い九回連続シンキの勝利で終わる。


「イカサマだー!」


「ふはははは!言っただろう?俺には敵わないと」


  大人気なく高笑いをするシンキ。


 しかし、この状況は全てレンの思惑通りなのだ。


「うぅ.....」


 レンは膝をつきポロポロと涙を流す。


「おいおい、泣くなよ。勝負の世界は泣いてどうこうなる甘い世界じゃないんだぜ?」


 シンキはバツの悪そうな顔をする。そしてレンは見逃さなかった。シンキが見せた一瞬の闘気の揺らぎを。


「ほら、続けるぞ?最〜初〜はグーじゃ〜んけ〜ん......」


 次の瞬間世界が停止する。


 いや、限りなく停止した世界に近づいたと言って良いだろう。よくよく観察すれば少しずつシンキの手が動いて見える。


 レンはここぞとばかりに全力の【身体強化】と【思考加速】を自身に施していた。


 その結果......。


「ぽん!......なんだと?!」


 シンキはグーを、レンはパーを出し最後の最後にレンが勝利を収めた。


「モフ確定!!」


 ダヴァンシェ曰く闘気量の偽装だけでなく

弱者を装う演技力をも身につけろとの事で子供嫌いのシンキを相手にどこまで欺けるか実験させてもらったのだ。


 結果レンの嘘泣きによりシンキの闘気は揺らぎ【身体強化】と【思考加速】の練度が一時的に低下した。


 正直本当に上手くいくとは思わなかったがシンキ相手に通じるのであれば殆どの人は引っかかるるのだろう。


「ま、待て!今のは無しだ!」


「出しな!尻を!」


 その後めちゃくちゃモフった。


●監禁生活45日目

 

 レンは必ず夜の21時に床に付く。一日中鍛錬に時間を費やすため毎晩泥の様にレンは眠るのだ。


 一方シンキはというと半覚半眠で夜中も警備を行なっている。まともに睡眠を取ったのはもはや数十年も前の話になるだろう。


 時刻は0時を過ぎた頃。


 地下に繋がる螺旋階段からとある一人の大男が降りてくる。


「よぉ、根暗野郎」


「誰だてめー?」


「おいおい、先輩の顔ぐらい覚えとけよ」


 鼻上にツノを生やす犀の獣人ガンゼは眉間に皺を寄せる。


 この男は若い衆の中で一番の古株として名が通っており、【桃源郷】内でも信頼が厚い。


 しかし、その立場を利用し気に入った女郎、または禿までも脅し犯しているという悪い噂も存在している。


「で?なんの様だ?」


「いやな、楼内で噂になってる兎人を見に来たんだ。曰く眉目秀麗、花顔雪膚、中には空を飛んだなんて変な噂もある始末だ。気にならない方がおかしいだろう?」


 ガンゼは下卑た笑みを浮かべ、シンキの後ろでいびきをかいて寝ているレンを一瞥する。


「そうか。ならもう十分だろ?」


「そんな冷たいこと言うなよ。なんならその仕事代わってやっても良いぜ?」


 鼻息を荒立てるガンゼ。もうすでに事後まで想像しているのだろう。


「必要ない」


「おい、察しろよ。代わってやるって言ってんだ」


 ドンっと壁を殴りシンキへ威嚇する。


 思い通りにいかないからかガンゼは癇癪を起こし始めた。そしてシンキもまた苛立ち始める。


 子供の癇癪は子供だから仕方がないと諦めがつくが大人の癇癪は見てて不快にしか思わない。


「俺をここに配属したのはお前らの頭だぜ?代わりたきゃそいつに言うんだな」


「なに?!アカツキ様がだと?!何故お前なんかに!」


「そりゃあ、お前の様なペド野郎を始末してくれって言われてるからさ」


「はぁ?」


 次の瞬間、カーンと鈍い音が地下室を木霊する。そして目の前にいたガンゼの首がごとりと地面に落ちた。


「お前もクビだとよ」

 

 これで十人目。

 

 今夜もまた粛々とを遂行するシンキだった。

 

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