第3話 脱兎

 四歳の秋、ついに奴がやってきた。


 遣り手婆ことキヨである。


 どうやら来年から禿として働かなければならないらしい。


 しかも僕には黒金貨30枚(円換算三億円)の借金があることを告げられた。


 人生ハードモードである。


 そして驚くことに花魁候補になれるタイプの禿になるみたいだ。


 本来、男の禿は雇禿と呼ばれる言わば臨時のお手伝いさんの様なもので花魁になるための芸事や勉学など一切しない。


 しかし、遣り手婆のキヨ曰く小動物系の獣人は男女関係なく皆禿として働くことになるらしい。


 お尻への危険性が増したと言って良いだろう。


 当然【桃源郷】に来る客は男が多い。それでも男女関係なく禿になれということは小動物系の獣人に対する性別という観念が希薄で一定の需要があるのかも。


 無論、容姿端麗であることが絶対条件だと思うが見境なさすぎではないか?


 なので脱走しようかと思います。


 こちらにも抗う権利ぐらいあって当然だろう。


 約四年間同じ部屋で半ば軟禁状態でやっと外に出れると思ったら体売って働けだと?冗談じゃないぜ!


 ただその前に、今までお世話になった女郎さん達には感謝しているため置き手紙を残しておこう。


 数分後【桃源郷】にて禿候補の一人兎の獣人レンが脱走したと大騒ぎになるのであった。


◇◇◇◇◇


【桃源郷】は五階建ての優れた木造の楼閣で、周囲を15メートル越えの塀に囲まれている。


 故に正門からしか外には出られないわけだが当然警備は厳重。レンは敢えて塀からの脱出を試みることにした。


「なぁダヴァンシェ、兎の数え方って知ってるか?」


 塀を見上げるレンはダヴァンシェに問う。


『1匹じゃないのかい?』


「それも正解なんだけど僕がいた世界では【羽】と数えたりもするんだ」


 由来は諸説あるが最も有力な説として兎が鳥と似ているからというもの。長い耳が鳥の羽に見える、兎の骨格が鳥に似ている、狩りをして毛皮をはいだ姿が羽根をむしった鳥と似ているなど。


『でも羽が無いだろう』


「いいや、羽ならあるさ」


 頭にある垂れ耳を指差しぴょこぴょこと上下に揺らす。


 加えて【身体強化】の応用【部分強化】で耳のみを強化し動作スピードを引き上げるとレンの体がふわりと宙を浮き始める。


「テイクオフ!」


『......飛んでる』


耳で空を飛んでいる事実にダヴァンシェの目が点になる。


 その後、無事塀を越えることに成功したレンは塀をすり抜け先に待っていたダヴァンシェと合流を果たす。


『それで、これからどうするんだい?』


「とりあえず......東都観光でもしようか。追手が来たら逃げれば良いしね」


 逃げ足にだけは絶対の自信があるレン。正直言って行くあてもないため観光しつつ良い感じの隠れ家と仕事先を見つけれたらと考えている。


『なら案内してやろう』


 レンはダヴァンシェの誘いに乗り東都を案内してもらうことにした。


......


............


..................


【桃源郷】から5分ほど東に進んだ場所に桜色の殿堂が聳え立っていた。 


 石の大鳥居から本殿までの参道約1kmを彩る季節外れの桜並木は通る人の歩みを遅らせる。レンもまた桜に魅入る者の一人だった。


「この世界でも桜を見れるなんて思わなかったよ」


 終始気付いてはいたが東都はなんと無く【和】の要素が強い気がする。ひょっとしたら僕以外にも日本からの転生者がいるのかも。

 

『ここは【桜龍神殿】へとつながる参道。年中咲き誇るこの桜は【桃源郷】の最高位花魁アカツキの能力が関係していると言われている』


最高位花魁アカツキ。


【桃源郷】の最高責任者にしてこの東都を収める侯爵その人である。女郎から初の貴族位を賜った有名な人だ。


「覚醒者ってやつか」


【闘印】スティグマを発現させた者を世間では覚醒者と呼ばれている。


 【闘印】スティグマとは魂の形が印となって体に浮き出たものであり闘気と共鳴させることで魂に宿る異能を引き出すことができるとされる。


『恐らく6番目の力だよ』


 また、この覚醒には現状6段階ある。


【一番目の闘印(1st stigmata)】

眼力系統

【ニ番目の闘印(2nd stigmata)】

防御系統

【三番目の闘印(3rd stigmata)】

治癒系統

【四番目の闘印(4th stigmata)】

召喚系統

【五番目の闘印(5th stigmata)】

纏身系統

【六番目の闘印(6th stigmata)】

特異系統


 闘印の覚醒には強い【生】への欲求が必要らしい。


「ねぇ、ダヴァンシェ」


『なんだい?」


「ここって危険なんじゃない?」


『......すまん』


 すると遠くの方からこちらに向かってくる複数の足音を拾った。恐らく桜を通してアカツキに居場所がバレたようだ。


「逃げるぞー!」


 そしてレン達は颯爽とその場を後にした。


......


............


..................


 稲の香りが鼻腔をつく。


 あたり一面黄金の大地が広がり先ほどの春の様相とは打って変わって秋の風が頬を掠める。


 収穫シーズン真っ只中のため農家の人は皆一様に鎌を持ち稲を狩っていた。


「綺麗だ」


 桜の煌びやかさも良いがこの秋独特の慎ましい美しさもまた風情があって良い。


『ここは【レーヴェの稲畑】という場所でな、神獣王レーヴェが支配する大地【黄金の大地】を連想させる場所ということで一つの観光名所になっている』

 

 神獣王レーヴェ。


 神獣界の王にして【黄金の大地】を支配する勝利を司る神獣である。


 基本神獣は神獣界と呼ばれる場所におり領土争いが絶えない世界とのこと。神獣と契約するには四番目の闘印を発現させないといけない。


「四番目だけで良いから覚醒しないかな?」


『残念だが覚醒するとしたら一番目からになるな』


 飛び級はできない様だ。いつか僕もモフモフと契約したいものである。


 しばらく二人で稲畑を眺めているとまた、遠くからこちらに向かってくる足音を拾う。


「なぜバレた?」


『レン、尻尾に桜の花びらがついてる』


 どうやら発信機みたいに付けられていた様だ。全然気が付かなかった。


 レンは尻尾についた花びらをはたき落とし再びその場を後にした。


......


............


..................


 レン達が次にやってきたのは東都最北端にある商店街【ゆめゆめ通り商店街】である。


 【ゆめゆめ通り商店街】は東都に五箇所存在しており中心にあるのが本通りと呼ばれ最も栄えた商店街となっている。


 流石に本通りは【桃源郷】からも近いためあえて距離の離れたここを選ばさせてもらった。


 喧騒が行き交う人混みの中レンは仕事探しに奔走していた。あわよくば住み込みOKの場所を......しかし、子供を雇って貰えるわけがなく逆に「嬢ちゃん、かわいいからサービスしちゃう」的な流れで増え続ける食糧。


 もはや働かなくても生きていけるのではないかと淡い幻想を抱き始めた。


「治安が悪いって言うけど然程悪くないんじゃないか?」

 

『比較的安全な場所を選んでいるからさ。西の方に行ってたら襲われてただろうな』


「そうか。ありがとう」


『今更改まってどうしたんだい?』


「いや、本当に僕は一人じゃ何もできないんだなって。だから感謝してるんだ」


『ははっ、気にするな。子供は皆そんなもんだ』


 子供......か。


 時々自分が子供であることを忘れてしまう。【桃源郷】を脱走する前だって一人でもなんとかなるだろうと高を括り、気がつけば計画も無しに飛び出してしまった。


 結果仕事には就けず宙ぶらりん状態。ただ【桃源郷】には戻りたくない。


 さて、これからどうするべきか。


 レンは思考を巡らせる中突如腹の虫が鳴る。


「とりあえずこの貰ったやつ食べようか」


 そしてレン達は人混みの少ない場所を求めその場を後にした。


......


............


..................


 北東へと進みとある霊廟前にある東屋に辿り着く。


 周囲は閑散としており静寂だけがその場を満たしていた。


「静かだ」


『だろうな』


 ダヴァンシェ曰くこの霊廟に祀られているのは初代聖王とのこと。


「一般人が立ち入って良い場所なのか?」


不敬罪で首チョンパは流石に洒落にならないけど?


『心配ない。逆にバレたらまずいのはあちら側の方さ』


 まぁ、確かに立ち入り禁止的な看板は無かったしうっかりなら仕方ないよな。規制が緩いのがいけない。


「さて、食うか」


 ちょうどベンチとテーブルが設置されていたためベンチに腰をかけ、少し遅めの昼食を取ることにした。


 最初に手にしたのは何の肉かわからない焼き串一本。甘辛いタレで味付けされていてとても美味しい。


 次に多種多様な野菜が入った焼き飯。少しスパイシーで食欲を掻き立てる。


 どれもこれも元日本人として食べやすいものばかりである。


 そして最後はなんと親しみ深い三色団子をいただき完食。大人であれば物足りない所だが子供の胃袋だと少し食い過ぎたのかもしれない。


 ダヴァンシェにも食べて欲しかったが断られてしまった。食欲とは無縁の肉体らしい。


「食べたら眠くなってきたな」


「こんなところで寝たら風邪ひくぜ?」


 ハッと声のした方に視線をやると黒のロングコートに身を包む熊の獣人が対面に座っていた。

 

 齢、40半ば白髪混じりの黒髪で帯刀ベルトには二振りのロングソードが刺さっている。


 この人は以前食人植物に食われかけた時助けてもらったシンキさんという若い衆の一人である。


「よぉ、脱走者第一号君」


 足音もせず気配も感じなかった事からこの人はただ者じゃないのだろう。


「お前のおかげで儲けさせて貰ったよ」


「儲け?」


「あぁ、この時期になるとお前みたいな脱走する奴が出始めるからな。だから毎年俺たちは誰が最初に脱走するか賭けてんのさ」


それでシンキは俺に賭け、勝ったという訳か。人を競走馬みたいに扱いやがって。


「全員驚いていたぜ。誰もお前になんか期待してなかったんだからよ。大番狂せってやつさ」


「何故俺に賭けたんだ?」


「直感だな。でもよ、個人的には誰も逃げて欲しくはねぇんだよ。ガキのお守りなんざ御免だからな」


 シンキは面倒くさそうに腕を組みため息をつく。


「戻りたくない」


 もはやなす術がないためレンはささやかな抵抗を試みる。


「そうか、良いぜ」


「?!」


 まさかの返答にレンは驚きを露わにする。


「逃げたきゃ逃げりゃあ良いさ。ただ最後に言っておきたいことがある」


「な、なんだよ?」


 何かとんでもない条件を提示されるのではないかとレンは身構える。


「一人でも生きていけると勘違いしてる奴は大抵早死にする。嫌な現実から目を逸らし逃げる奴は大抵いつか取り返しのつかない大きな失敗をする。加えて俺はお前らの様な恩知らずな奴が嫌いだ」


 剣呑な視線を向けられレンは冷や汗を流す。そして今のレンにとってとても身にしみる言葉であった。


「......」


「世話になった人へ恩を返そうと必死に働くもの。借金を返済し自由を望むもの。花魁になりたくて必死に学ぶもの。多種多様な奴らが現状を理解し今を必死に生きている。お前はそいつらを愚弄した様なものだ」


 この人、相手に罪悪感を植え付けさせるタイプの説教をしてくる。


「誰にも生まれは選べない」


 そしてスッとベンチから立ち上がりシンキはその場を去っていった。


 雨音が消え雲間から光が差す。シンキの背中がぼんやりと霞み僕はため息を吐いた。


 一人で生きていくことは辛いことなんて身に沁みて分かっているはずなのにどうしても一人になろうとしてしまう。


 自衛手段である闘術を習得したにも関わらず現状の不満を建前に僕は逃げてしまった。


 お世話になった女郎達から逃げて、失ってしまうかもしれない恐怖から逃げて......。


 その後しばらくして、レンは【桃源郷】へと帰路に着く。


 逃げ続ける人生に終止符を打ち、目の前の壁をぶち壊すために......。

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