チエ
「着いたって。」
到着した場所は、趣きがある、というには古すぎる大きな日本家屋だった。
広い庭は雑草が伸び放題で、よく見ると瓦や壁には大きなヒビが入っており、廃屋のようだった。
幽霊屋敷、という言葉が思わず頭に浮かんだ。超能力なんていう不気味なテーマにおいては、上々のロケーションと言えるだろう。
「ようこそいらっしゃいました。」
遠藤と成田を迎え入れてくれたのは、矢上チエという小柄な若い女性だった。
眉下でパッツンに切り揃えられた黒髪は、色白の肌と相まって、まるで日本人形のように見える。
「遠いところからご足労いただきありがとうございました。」
「lasと申します!今日はよろしくお願いします!」
廊下を歩くたびにギシギシと音が鳴った。
外観の予想を裏切らず、部屋の中もかび臭く薄暗い。部屋の端には分厚い埃が溜まっており、全体的に黒くくすんでいる。
隣で歩く成田の顔を盗み見ると、明るい彼にしては珍しく引き攣った顔を浮かべていた。
通された部屋は20畳はあるであろう広い仏間だった。何年も張り替えていないのか、畳はすっかり変色し、ささくれだっている。
部屋の上部には白黒の写真がズラリと並べられており、どの人物もしかめ面をしていた。
それが遺影だということには直ぐ気づいた。
「不気味でしょう。矢上一族の遺影です。
千佐子の写真は、あれです。」
チエの細い指の先には、真っ黒に塗り潰された写真があった。
「縁起が悪いからと、塗りつぶされているんです。」
遠藤は何も言えず、成田がやっと思いで「そうなんですね」と重々しく答えた。
カメラの回る、ジーンという音だけが、静かすぎる部屋に響いていた。
「じゃあ、説明を始めますね。」
チエは人形のように表情を変えず、二人に前に座した。
そして冒頭に戻る、と言う訳だ。
チエは淡々と千佐子について語った。
手紙や乾板などの証拠を見せながら。
遠藤と成田はテレビ向けの大袈裟なリアクションを交えつつ、時に笑い、時に恐れ慄きながら言葉を返す。
それから台本通りの簡単なインタビューを終わらせ、無事にロケは終了したかのように思えた。
話がおかしな方向に進んだのは、細田の一言だった。
「チエさん、あの写真、どうして縁起が悪いんですか?」
彼は目をキラキラさせながらそう尋ねる。
オカルトマニアなのは本当らしく、ロケで一番はしゃいでいたのは彼だった。
撮影が終了しても、嬉々としてチエに話しかかけていた。
「千佐子は、表向きには失踪したということになっています。ですが、本当は違うんですよ。」
「本当の死因があるってことですか?!」
「ハイ。実のところは、井戸に身投げしたと言われているんです。不思議なことに、遺体は見つからなかったみたいですけどね。
それで縁起が悪いって。」
「え!マジすか!結構リサーチしたつもりなんすけど、それは知らなかったな〜!」
「このことは、矢上の恥としてずっと伏せられてましたから。
庭にある井戸が、件のものですよ。」
「うわうわ!お宝っすね!あれか!もう一回見てもいいですか?」
「どうぞ。」
「2人も来なよ!こんな機会滅多に無いよ。」
気は進まなかったものの、細田に押し切られる形で二人も渋々庭に出た。
石造りの井戸は遠目から見ても分かるほどに古びており、そこだけジメっとした空気が流れているようだった。
促されるまま井戸を覗き込むと、真っ黒い暗闇が広がっていた。遥か遠くにチラチラと光が見える。水面だ。
「まだ、水があるんですか?」
「はい。流石に今は使ってないですけど。地下水が湧き出てるんです。」
細田は井戸の存在に気をよくしたのか、「良いこと思いついた!」と突然手をパチンと叩いた。
「ねえ!遠藤ちゃんと成田さ、この水飲んでみなよ!」
「えぇ、それはちょっと…。かなり古い井戸ですし、水質に問題があるかもしれませんよ?」
「それがさ、問題ないのよ。」
細田は悪戯っぽい顔で一枚の紙を取り出した。
「ロケハンの時にさ、チエさんに井戸の水質調査を依頼されたんだよ。そんで調べたら結果はオールグリーン!ちゃんと飲める水だってさ。」
2人は良い反論を思い付かず、井戸と結果表を交互に見た。
「チエさん、いいですよね?」
「まあ、はい。
昔は飲んでたみたいだし、問題はないかと。いまは面倒で使ってないですけど。」
「ほら!大丈夫だって!
エピソードトークでうけるよ、絶対!」
返事のない二人をよそに、チエは慣れた動作で水を汲み上げ、どこから用意したのかグラスに注いだ。
想像以上に美しく透明な水だった。
「どうぞ。」
差し出されたグラスを断れず受け取ってしまう。遠藤は成田に「どうする?」と小さく尋ねた。
「飲むしかないっしょ。水質調査してるし、大丈夫だって!」
「…まあ、そうかもだけど。」
「心配なら、遠藤の分も飲むよ。」
「いや、大丈夫。」
遺体は見つかってないとはいえ、人が死んでるかもしれないのに。
成田はいつも腹を括るのが早いのだ。
その思い切りの良さが、羨ましくも心配になる。
溜息を吐くと、覚悟を決めてグラスを握る。そのまま一気に水を飲み干した。
普通の、なんなら水道水よりも美味しい水だった。よく冷えていて喉越しが良い。
「どう?」
「うまいっす!普通の水ですよ。」
「なーんだ。まあ、そうだよねー。」
小さな事件はありつつも、ロケは時間通り終了した。玄関で靴を履いている時に、遠藤はふと頭に浮かぶことがあった。
「チエさんって、俺たちのこと知ってくれてたんですか?」
「すみません。あんまり。」
「あ、そうなんですね。
でも、俺と成田を指名してくださったと聞いて、嬉しかったです。
何か理由があったんですか?」
「まあ、すごく人気のある方だったので。
あとは、何より…お二人は、超能力なんて全く信じてないでしょう。」
チエは初めて笑った。ケラケラと。
「今日もずっと、嘘だと思ってましたよね。
それでいいんです。
本当のことは、誰にも分かりませんから。」
「…いや、嘘だなんて、」
そう言って口を噤んだ。
彼女の言うことは正しかった。
「この家も井戸も、もう取り壊されます。
最後に来ていただいて、ありがとうございました。
それでは、さようなら。」
外はもう、夕暮れだった。
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