その5 探しもの

「探しものはなんですか〜ふんふんふん探しものはなんですか〜ふんふんふん探しものはなんですか〜」

 僕は図書室で借りた本を自分の机で読んでいて。

「あのさ、なんでそこばっかり歌うわけ?」

 本人は飽きることがないお気に入りのフレーズかもしれないけど、延々と繰り返し聞かされる、そうお気に入りだと思っていないこちらの身にもなってほしい。少し外れてるし。こういう生活二年目ともなれば隣で歌を歌われても本を読めるようになるが、これはちょっと気が散る。

「ん? ああ。俺ここしか知らねえから」

「あっそ……」

 ロクに知らない歌を何故歌うんだと思うけど、確かにキャッチーで覚えやすく、思わず口ずさんでしまう系の歌ではある。でも冒頭の一フレーズしか知らないって……。全部は歌えないけど僕ですらもう少し先まで知ってるのに。

「で、何を探してるんだよ」

 相部屋の相良康介は自分の机の引き出しの奥まで手を入れて、ずっとゴソゴソやっている。そんな歌を歌うぐらいだから本当に何か探しものをしているのだろう。引き出しもあと残り一段のようだけど。

「ゴム」

「えっ?」

「お前持ってね? ゴム」

 僕を見ることなく一生懸命探している康介の言葉は。

「はあ!?」

 日曜の朝っぱらから何を言い出すんだ。……夜ならいいのかという問題でもないけど。女の子のように気恥ずかしいとかそんなことはないにしてもこの清々しい天気のいい今に。

 一瞬、康介の匂いを感じたのは気のせいだろう。もちろん。絶対。

「見つけてどうするんだよ」

 とは野暮か。

「使うに決まってる」

 だろうね。その相手が僕なのか多少気にはなる。成就したとは聞いてないけど僕以外の誰かであることもある。

「……僕が持ってるはずないだろ」

 そういう準備は康介がやってる。別に傅かれるお姫様というわけではない。僕は請われて康介のセックス等々の練習台になってるから、かかる諸々は向こう持ちというだけだ。康介がいつか告白するらしい想い人に嫌われないための練習。そのいじらしい努力に手を貸そうという気になった。とはいうものの、不感症ならいいじゃんケチ、と最後は逆ギレされかけてのOKだったことは僕は忘れてない。

「まあそうかもしれないけどさ、一個ぐらい持ってるかもなって」

 一個ぐらい、って何の一個だ。街頭のキャンペーンで貰うとかそういうことか? そんなキャンペーンないだろ、さすがに。ウチは性教育で配るような革新的な学校でもないし。僕に彼女はいないから持つ必要もない。

 結局見つからなかったらしく、康介は最後の引き出しを閉じた。

「寮母さんからもらったばっかだから言いづらくてさ」

 こいつ……恥も外聞もないのか。

 管理人室に置いてあるなんて驚きだけど、健全?な男子高校生を預かる寮としてはアリ、なのかもしれない……。いやでも、そんな推奨するような真似をするかな。

「自分で買いに行けばいいだろ」

 とても近くにドラッグストアがあるのだ、寮生御用達の。お菓子売り場や百円ショップも備えた何屋だかわからない大型店が。

「ちょっと恥ずかしくね?」

「はあ?」

 何言ってるんだ。

「寮母さんから貰う方がよっぽど恥ずかしいだろ。僕だったら店へ行くよ」

「下手に買ってなんか邪推されてもイヤだし」

「邪推も何もやることは一つだろ」

「そうでもない」

 他に何に使うんだ。

「女装趣味があるとか、大人のおもちゃ的なとか、何か良からぬことに使うとか、レジで思われたらやだろ」

 なに……? 女装趣味?

「あー! お前っ」

 僕の怪訝な顔に気づいたらしい康介はニヤニヤしながら僕に近づいてきた。

「千尋くんのエッチ」

 息を吹きかけながら耳元で囁く。

「そんなに俺とヤりたかったの?」

「違っ……」

 僕は近すぎる康介の顔を掌で押しのけた。グーが良かったけど。

「前髪伸びちゃってさ、宿題する時邪魔だから寮母さんにゴム、あ、ヘアゴムか、貰ってしばってたわけよ。で、それ失くしちゃって。またくださいっていうの悪いじゃん」

 ヘアゴムも残念ながら一つも持ってないけどね。

「でもそういうことだったら俺、ヘアゴムとうっすいゴム買ってくるわ。千尋くんを悦ばせたいもの、うふふっ」

 康介は机の上の財布を掴むと、鼻歌を歌いながら部屋を出て行った。さっきのあの歌だ。

「誰がよろこぶか! しばらく帰ってくるなっ」

 閉められたドアにぶつけてみたけど、多分、聞こえなかっただろう。

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