その4 五分まえ。
「なあ、お前覚えてる?」
宿題も時間割も済ませて、水分補給もして。
さて寝よう、とベッドに上がった時に。
相部屋の相良康介が僕に声をかけた。
日付が変わる十分前。康介はまだ宿題が終わらないらしく机の明かりはついたままだ。相部屋だけどクラスは違うので当然宿題も違う。
部屋の消灯は二十三時。その後は各自のデスクライトで明かりを賄う決まりだ。
「覚えてない」
さっさと答えて布団に潜り込むと、
「ぉおい!」
間髪を入れずツッコミが返ってきた。
「なに?」
別にボケたつもりはないんだけども。
「俺、まだ中身何も言ってねえけど!?」
「そうだっけ?」
睡眠大事、寝ると決めたらすぐに寝たいのだ。
「そうなの!」
「じゃ、続きをどうぞ」
だってそんな訊き方、絶対いいことじゃないだろ。
「ではもう一度改めて」
康介はわざとらしく咳を一つする。
「相良康介君の誕生日を覚えていますか?」
……。
「ごめん知らない。おやすみ」
「えー! 嘘だろ!」
康介は机から数歩でたどり着く僕のベッドへドスドスとやってきた。その目は明らかに僕を責めている。
「いや、本当に知らないし」
「俺、覚えてるかって訊いたんだぞ?」
上から見下ろされるのはそれなりに慣れてるとはいえ、お前が悪いみたいな視線は面白くない。
「つまりは僕は絶対聞いた事があるって言いたいのか」
僕も人の眠りを邪魔する奴に非難の視線を送る。多分効かないとは思うけど。
「その通り」
だったらそうかもしれないけど僕はもう寝たい。こいつの誕生日がどうしたっていうのだ。
「……じゃあ明日思い出してみる、おやすみ」
「待て待て待て」
康介は布団を頭から被ろうとする僕の腕を掴む。
「ちょっと! 僕はもう寝るって言ったろ」
いい加減本気で怒りたくなる。
「明日じゃダメなんだって」
「はあ?」
何なんだよ。
「遅いんだよ、それじゃ」
「何で?」
「…………俺の……誕生日、今日だから」
へ?
「お前に今日、祝って欲しくて……」
今日、って。
あと五分しかないじゃないか。
そんなの、最初からそう言えばいいのに。いつも自分から何でも言ってくるではないか。
こんな回りくどい言い方をして。しかも僕を試すような。
多分、僕が誕生日を聞いたのって相部屋になった最初の日とかだろう。それまでは挨拶すらしたことなかったし。
「今朝言ってくれれば、大したものは無理だけど何か用意したのに」
こいつの誕生日なんて気にもしてなかった。覚えてない僕が悪いのか?
「誕生日に自分からモノをねだるなんて格好悪いだろ?」
それはそれで康介らしいというか。
日が変わるギリギリまで僕がおめでとうを言うのを待ってたけど、痺れを切らしたわけで。
僕は布団を剥ぎ、体を起こしてベッドの上に正座した。
「康介、誕生日おめでとう」
「……もっと」
「誕生日お」
「違う」
「は?」
「お前からキスして」
……どさくさに紛れて何言うんだ。何で僕から。僕は康介の想い人用のキスやらその先やらの練習台であって、アクションを起こす方ではない。そういう約束だ。
「向こうからキスしてきた時の対応」
……。
まあ、想定してもおかしくはない、か。
そういうのはそうなった時の本人からのを待った方がいいと、僕は思うけどね。
「目、閉じて」
雰囲気は出るだろう。
康介が素直に目を閉じたのを確認して。
僕は唇に触れるだけのキスをした。
「康介君、お誕生日おめでとう」
時間ギリギリだったけど、メッセージ付きの大サービス。
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