第2話
男がそんな風に頭の中に呟いていたちょうどその時、自転車の前かごに買い物袋を乗せた五十絡みの女が通りかかった。袋からねぎが頭を出している様子は買い物帰りのようだった。
女は男の方を横目でさっと見た。生きる気力をすべて無くしたかのように見える男の様子に少なからず衝撃を受けたが、男の頭のてっぺんを見て何とは無しに可愛いなどと突飛なことを感じていた。縺れ合った髪が台風にあった稲のように、旋毛からまわりに向かって寝てしまっているのが、素朴な人形の髪の毛のように見えたのだろう。実際のところ、男は女より年下であったかもしれない。そんなふうに酷い風体であるにも関わらず、髪はたっぷりあったのだから。
女は自転車で行き過ぎ、しばらく行ったところで自転車を止めた。身動きせず考え込んでいる風情だったが、一度後ろを振り返った後、気持ちを定めたように自転車の向きを変えた。女は男の前を素通りしてコンビニに入って行った。しばらくして出てきた女は湯気のこもったコンビニのビニール袋を手に持っている。女は自転車を押して男の前まで来るとビニール袋を差し出しながら恐る恐る声を掛けた。
「これ食べる?」
あまりにも疲れ切って見える男に邪険にされそうな気がしたが、案に相違して男は顔を上げると幼い子供のように頷いた。女も子供に対するように微笑んで、ビニール袋を手渡すと去って行き、男はビニール袋の熱さに多少の驚きを持って肉まんの香りを吸い込んだのだった。
昼下がりの誰も見ていない一幕だった。
ある男の話 @youjiali
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