第4話
走りながら、笑いながら、息が切れても、繋いだ手は離さなかった。
誰もいない中庭を通って、校舎の裏を回って、昨日と同じ体育館の裏へ。
「またここ」
「うん、好きだから」
好き、という言葉が心臓に突き刺さる。
場所のことを言っているのか、それとも――
考えすぎだとわかっているのに、胸が熱くなる。
昨日よりも空は明るくて、濡れた地面は少しずつ乾いている。
でも、私の足は止まらない。
止まったら、言葉にしてしまいそうだから。
「ねえ、走るの好き?」
「きみと走るのが好き」
すぐに返ってきた答えに、どうしようもなく涙が出そうになる。
言葉のひとつひとつが、柔らかくて痛い。
ふたりでいると、嬉しいとか楽しいとか、そういう単純な気持ちだけじゃなくなる。
胸の奥に刺さる何かを、ずっと抱え続けることになる。
それが苦しくて、愛おしくて。
「また、雨降るかな」
「降ってもいいよ、きみがいるなら」
嘘みたいな言葉を、彼女はあっさり言う。
でもそれが嘘じゃないって、私はもう知ってる。
昨日、濡れた髪に触れてくれた指先の温度が、それを教えてくれたから。
濡れなくてもいい。
走らなくてもいい。
教室の窓際にいても、体育館の裏にいても。
どこにいても、私はずっと、きみが好きだった。
言葉にしたら壊れてしまう。
だけど言葉にしないままで、この気持ちはどこへ行く?
きみに伝わらないなら、それはただの独り言。
独り言ばかり抱えて、私はどこまで走れるだろう。
「手、もうちょっと強く握ってもいい?」
「うん」
指と指を、少しだけ痛いくらいに絡める。
この痛みを、名前のない痛みを、ふたりで分け合うみたいに。
それだけで、今日の放課後が宝物になる。
「明日も走る?」
「うん、きみが走るなら」
私たちはきっと、ずっと走る。
昨日も今日も、そして明日も。
名前のない関係のまま、いつか追いつける答えを探して。
濡れた髪も、乾いた制服も、ぜんぶ抱えたまま。
私たちはふたりで走り続ける。
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