第5話
次の日の放課後、彼女はいつもの窓際ではなく、校舎の端にある図書館にいた。
そこは放課後になるとほとんど誰も来ない、静かすぎる場所。
私たちみたいな、少しだけ教室に馴染めない人間がよく逃げ込む場所。
本棚の隙間から、彼女の横顔が見えた。
教室では見せない、少し寂しそうな顔。
昨日までは確かに隣にいたのに。
今日だけ、ひとりでここにいるのが、どうしようもなく寂しかった。
私は何も言わず、彼女の隣に腰を下ろす。
ふたりで開くのは、一冊の詩集。
いつもはおしゃべりも、笑い声もいらなかった。
でも今日だけは、静かすぎる空気が痛かった。
「今日、走らないの?」
私が訊くと、彼女は少しだけ笑った。
「図書館で走ったら怒られるよ」
そう言って、私の手を、ほんの少しだけ指先で触れる。
昨日みたいに強くは握らない。
ほんの少し、触れるだけ。
それでも、私の心臓は跳ね上がる。
ページをめくる音。
窓の外に、雨の匂い。
また降りそうだった。
「雨、好き?」
「きみといるときの雨は好き」
「また、そういうこと言う」
彼女はくすっと笑って、私の肩にもたれる。
誰もいない図書館。
誰も見ていない放課後。
ふたりだけの、世界の終わりみたいな静けさ。
言葉にしなくても伝わる。
だけど、言葉にしてほしいとも思う。
この気持ちに、名前をつけてほしい。
それが何なのか、私にはもうわかっているから。
「ねえ」
「ん?」
「私たちって、何?」
いつか訊かなきゃいけないと思っていたことを、こんな静かな場所で口にしてしまう。
彼女は驚いたように目を見開いて、それから少しだけ困ったように笑った。
「わかんない。でも、きみが好きだよ」
好き、という言葉だけが、静寂を震わせる。
それが友情なのか、恋なのか、そんな分類を超えた何かであることを、私は知っていた。
「好きって言ったからね。逃げられないよ」
「うん、逃げない」
彼女はそっと、私の手を握る。
図書館の、誰も来ない隅っこで。
言葉にできなかった昨日までを抱きしめるみたいに。
雨が降り始める。
窓に滴る雨粒を眺めながら、ふたりはまたひとつ、秘密を増やした。
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