雨降る街と心
街の中をひたすら真っ直ぐ進むと、やがて大きなトンネルのような穴が見えてきた。
その大口は、少しばかりこのオシャレな街並みの中に浮いている。
「ここは、?」
この街に、昔からあるご先祖さまの守り神だよ。_
フラップはそう言うと、トンネルの傍に立てられていた1本の木の棒を手にした。松明にするつもりなのだろうか。
「この先、きっとトワさんびっくりすると思うよ。綺麗〜って。」
『ご先祖さまの守り神』。
それはつまり『お墓』では無いかと不安になったが、そもそもこの世界に、死というものはあるのだろうか。
ただ、先程の地震の際の周りの様子から見て、『死ぬことを恐れている』ことには間違いなさそうだ。
…しかし、私が思う『死』と、彼らの思う『死』は全く違うのかもしれない。
「行こう。トワさん。」
何だか、他人に下の名前で呼ばれるのはムズムズしてしまう。
これまで、苗字で呼ばれることがほとんどだったから。
…しかも、人に名前を呼ばれた時には、大抵いい事は無い。
__「……さん、資料の間違いを一緒に直してくれないかな。忙しいのは分かってるんだけど、」
__「おい!……!ちょっとワシのとこ来い!」
__「……さんって、なんか地味よね。非モテって感じかも。」
__「……さん。ごめん、恋愛対象として見れない。」
__「……は本当に身勝手だ!」
ああもう、……うるさい。…お願い。
静かにして。
夢の中くらい、楽しい夢を見させて。___
……さん、
「トワさん?」
「あ、…。」
「大丈夫?…ちょっと疲れちゃったかな。少し休もうか。」
フラップは、持っていた木の棒を元あった場所に戻すと、近くにあったベンチへ私を案内した。
「ごめんね。連れ回してしまって。」
「いえ、…全然、疲れたわけじゃなくって…」
太ももに置いた握りこぶしに、力を込めた。
「…君のことは、よく見てたから分かるよ。」
「あの、さっきから、私の事をよく見てたって、…どうしてですか?」
私が尋ねると、フラップは静かに語り始めた。
「…悪魔の話に戻るんだけど、俺は悪魔と分かり合える人間を探してたんだ。人間には、俺たち妖精とは違う何かを持っている。それが何なのかは分からない。」
フラップによると、これまでこの世界に、何度も人間を連れて来ては、悪魔と分かち合うために試行錯誤していたらしい。
しかし、いずれの人間も悪魔と分かり合うことは出来なかった。
___妖精にも、これまで招かれた人間にも無かった『何か』が足りなかった。
「でも、何も成果がなかった訳じゃない。…悪魔は、倫理観も意志も持っていない。…だけど、人間を前にすると少しだけ行動に変化が見られたんだ。」
「変化ですか、」
「これまでの悪魔は、どんな相手であろうと無差別に襲っていた。…でも、人間を前にすると、一瞬だけ立ち止まるんだ。これはどんな人間だってそうだった。」
「…なら、私も同じ結果になるのではないですか?」
「…そうならないために、トワさん、君を選んだ。」
彼の瞳が真っ直ぐ、私を見つめた。
彼はどうやら、おちゃらけてなど居ないらしい。
「俺は、悪魔を倒したい。…そして、知りたい。俺達には何が足りなかったのか、これから何が必要なのか、ってことを。」
フラップはこちらに体を向けた。
「だから、協力して欲しい。君ならきっと出来る。だから俺は、君をずっと見てきた。君が、…」
…遥か遠くの方から、ゴロゴロと雷鳴のような音が響いている。
「…一雨降るかもしれない。一旦雨宿りしよう。」
私は内心、フラップにうんざりしてきていた。
悪魔だの妖精だの、人間が必要だの、そんなの、私には関係ないじゃないか。
私は、国を救うヒーローにはなれない。
なろうともしていない。
だって、自分のことで精一杯。
ましてや国だなんて。__
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