16.マチの道
マチは日常に戻り、大学の仕事と天候デザイン関連の仕事を続けた。
1年前、親族の娘を1人預かり1年過ぎてやっとその子との生活も落ち着きを見せ出していた。
娘の名前はアサヒと言った。
彼女の父方の遠縁の娘で、その父方の曽祖父は内戦難民でその血縁者には代々髪や肌、瞳の色にその特徴が強く出、その子にもその特徴が出ており瞳の色と目の形、足の踵の形がマチと似ていて、事情を知らない人間が見たら親子と思う程だった。
朝はアサヒを学校へ送り出し、1時間程外を散歩してから自宅で仕事をした。
ほとんどが会社勤めと変わらない天候デザインで、大学で講義を受け持つようになってからは海外からのオーダーも来るようになって経済的にも少しずつ余裕を持てるようになった。
ライフワークにしていたうみへび座の資料集めは休止し、彼との再会も特には望むわけでも無いので市営コミュニティはしばらくは訪れなかった。
「あ」
マチは見覚えのある嗜好アバターがこちらを見ている事に気付いて思わず声を出して固まった。
場所は国営コミュニティの駆動車のコミュニティ。
彼女はずっとバイクを移動手段としていたが、去年娘を乗せる事も考えて車両を購入した。
バイクのメンテナンスも自身でしていたので車両のメンテナンスもある程度は自分で出来るようにと思って、時間が出来た時はこうやって既に車両を持っている人と対話をしにここに来ていた。
今日もそうだった。
「先日の?」彼が近づきながら呼び掛けて来た。
「あ…こんにちは」
彼女は口ごもる。
彼女は内心、どういう巡り合わせなんだと恐怖すら覚えていた。
彼女の住む都区の総人口は1000万強で、区内面積から見ても決して人が少ないわけではない。
その中でこういう形で再び会う確率の低さに対して、こうやって再会してしまった事に寒気を感じた。
頭のどこかではもう会いたくは無かった。あの気持ちに振り回されたくはない。
彼女は彼が次の言につなぐ前に、いつも話をしているグループの方へ足早に移動し、早々にそのコミュニティからも退出した。
「ぐぅぅぅぅぅう…」
コミュニティ入室用PCを前にして奇妙な唸りをあげてデスクに突っ伏して捻じれているマチの有様を、奇怪な物を見る目でハヤセがモニター越しから見た。
ハヤセは2年前にマチのアシスタントとして雇った25歳の天候デザイナーで、今日も彼女の仕事部屋に出勤して仕事をしていた。
マチは基本的にはどこで仕事するかにはこだわりが無く、ハヤセに対しても勤務時間や場所副業に関しても全く縛りを設けていなかった。
彼は自分の持つPCより性能の良いものが揃っているので仕事部屋での仕事がほとんどにしていて、今年に入って3カ月過ぎた今日まで定休日以外は全日マチの仕事部屋て仕事をしている。
「マチさん?どうしました?捻じれて」
「…全くカテゴリーが違うコミュニティで同じ人と何回も会うのよ…呪い?」
「呪いって…」呆れた失笑をもらすハヤセ。「付きまとわれてるとかですか?」
「…向こうが先に居たり、後から入って来たりとかだからその線は無いと思うんだよね…」
「運営が違ってても顔合わせるんですか?」
「そう。市営でも民営でも国営でも」
「…ちなみに何回顔合わせてるんですか?」
「今月で8回…」
「正直それ怖いですよ。僕も色んなコミュに行きますけど、同じ顔って同じカテゴリーのとこでしか見かけないですし…」
腕を組みながら軽く眉間に皺を寄せて彼は言った。
「…実は、その人って昔の知り合いなのよ。連絡先も全部変わってるし、会わなくなってから10年経ってて。向こうは多分私だと認識してない」
「えー…。それって相当な縁があるんじゃ?」
「en?」
「縁。えにし」
「えにしかぁ…」
腕組みをしてモニターを見た。
奇妙と言えば奇妙。
向こうの感じだと、こちらが知っている人間だとは全く思っていない。
正直自分の行動範囲の中に彼がチラつくのは心が乱れる。
結婚した事で自分の中での彼は別の意味で姿を変えた。
離婚をしたけれど、タイジを過去のモノと心の隅に納める事が出来た。
終わったんだ、と。
彼も自分と同じく自分の人生を進んで、彼の中でも自分は姿を変えてしまっているはず。
自分達の中にはもう何も生まれない。
そう信じて行きたいし、何かを思い出す度にそう思っていた。
そう思っていたけれど、隅に追いやったそれが騒ぐ時もあった。
その度に、ずっと彼を好きで居続けている自分を知った。
結婚中はそれが騒ぐことは無かった。
だから結婚してよかったと思っていた。
今にして思えば酷い話だ。
忘れる為に結婚をしたのだから。
だから離婚と言う形になって当たり前だった。
そこまで考えが行きついて彼女は抗うのを止めようと決めた。
全部終わった事だ。離婚もタイジとの事も。
この先はただ流れに任せよう。
無理に自分から避けてこちのペースが乱れるのは望まない。
こちらが自然にふるまっていれば、1000万人の1の確率でこちらが誰なのかを知る事はまずないはずた。
マチは顧客との打ち合わせで利用したセキュリティの高いコミュニティサイトの個人ルームを退出し、嗜好アバターに切り替えてセキュリティレベルが低い談話ルームに入室した。
そして、やはりそこに嗜好アバターのタイジが居た。
ここまで来ると正直うんざりを通り越して笑いが出て来た。
「こんにちは」
マチから話しかけた。
タイジは少し驚いた様に少し間を開けて、
「こんにちは。先日はどうも」
居住まいの悪い口調で挨拶を返して来た。
少しの沈黙。
「……ずっと思ってたんですけど、色んなとこで見かけますよね」
「ですね…。駆動車と…模型、地学…二輪車…後どこだったろ?」
「仕事のもあるんですが趣味のもあって」
マチはあえて趣味の事を言及せずに言葉を選んだ。
嗜好はなかなか変わらないし変われない。大人になってからだと尚更だ。
自分とタイジの趣味が合うのは分かり切っていた。
しかし、雑談をするだけのつもりが駆動車と二輪車の過去データの話しで盛り上がってしまい、通信のアドレスを交換してしまっていた。
後から思い返せば後悔もあったが、ここまで趣味の話を出来る人間は周囲には全く居なくて、孤独感や孤立感を持て余してはいた。
その穴埋めを出来れば、と。
彼を穴埋めと考える段階で、昔の自分と何が変わったんだろう、と自嘲した。
ただ、彼自身も最初こそ警戒や不信感を見せていたが、話せば話すほどそれがほぐれてい行くのが伝わって来て、彼自身も通じる相手の不在に飽いていたのだとよくわかった。
後、最初こそ自称を「僕」と言っていたがその内「俺」と使いだしていたのが、内心可笑しかった。
会う事はしない。
話の中で結婚している事は分かった。それをどうこうしようと言う気持ちも無い。
友人になろう。
確固たる線引きをして。
本当の意味で縁が切れてしまうまで。
その日の深夜。
マチの通信に送信者不明のメッセージが届いた。
『それは必然
偶然と言う枠ではないよ』
マチは朝起きた時にそれに気付くと、悪戯だと決め削除した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます