15.そして少しだけ動き出す -1-

 彼は嗜好アバターで市営コミュニティサイトの天体ルームへ入室した。

 星間移住が確立してから人類の関心は天体ではなく資源に向かい天体の情報データは美術館の展示物のような扱いになって、画像やデータは鑑賞物の位置づけとなり人類の無関心の対象となっていた。

 このルームに訪れる人はそれでも関心を持ち続ける人かルーム運営の監視ドールだけだった。

 誰も入室しても話さず淡々と目的の天体の前で情報を読むだけ。

 彼も時折ここを訪れて星間移住船の情報や当時の船内映像を観て退室するだけだった。

 

 その日は地球から180~190光年のルームに入ると珍しく先客が居た。

 人体アバターではなく猫型の嗜好アバターを使っている。極々一般的な三毛猫の成猫。

 座ってじっとうみへび座の星団映像を見ていた。

 彼が立ち去らずにこちらを見ていたので猫は振り返ると、


「こんにちは。初めまして。ここに人が居るって珍しいですね」


 落ち着いた女性の声で話しかけて来た。

 何も言わず立ち去ろうかと迷ったが、


「…こんにちは。初めまして。…俺も人が居て驚きました」


 返すと猫のアバターは親しみを示すマークを頭に表示し、会話を続けた。

 

「天体がお好きなんですか?」

「…俺…僕は好きと言うか昔はまってて懐かしいなって」

「そうなんですね。私は夜間天候デザインをしててその資料を探しに来ました」

「仕事中でしたか?」

「いえ。今日は休みで……180光年の資料が欲しくて、でもネットでもほとんど見つからなくて、こういう小さいところなら何かあるんじゃないかなって」

「ここの情報はネットから拾って来たものばかりなんで珍しい物は無いと思いますよ。」


 ルームの入り口にある本棚から展示資料の引用先情報の一覧データを持ち出し、彼女に開示した。

 それを一覧して彼女は自分が持つ資料の引用先情報と照合した。


「あー…仰る通りですね。残念です…」

「どの辺の情報を探してますか?」

「アルファルド近辺のです」

「アルファルド…。珍しいですね」


 星の名前に昔の記憶が震えて胸の奥が縮みあがる。

 うみへび座近辺は星震学では一時的に注目を集めたが移住予定圏内から大きく外れている為、調査資金が集まらず調査がほとんど進んでいない。

 彼は少し考えて、


「もし良かったら僕の持ってる資料を見ますか?」

「良いんですか?」


 猫の瞳がキラキラと光り瞳孔が丸くなった。


「ちょっと待ってください。昔に見つけた奴なんでサーバーのどこかにあるはずで…僕の手書きの字が入っててちょっと見づらいかもですが…探してます」


 自宅のサーバーに接続し、保存日付が10年以前ものの中からデータを見つけ出し、彼女にデータ譲渡申請を発信した。

 彼女は直ぐに了承し自身の閲覧用サーバーにデーターを入れセキュリティチェック後、内容を見た。

 猫のアバターの目の前に開いた本の表示が出る。

 彼のアバターの手元にも同じような表示が出る。


「コル・ヒドラエ」


 一時期は聞きたくも無くなっていた単語を彼女が口にして心臓が跳ねた_?


「え?」


 慌てて手元のデーターを確認すると表題の『アルファルド』の横に小さく手書きでコル・ヒドラエと表示されていた。


「アルファルドの別名知ってるってちょっと珍しいです」


 言って彼女は明るく小さく笑った。

 アルファドの資料を探している位だからその別名を知っていても不思議は無かった。

 彼女と話していると思い出したくない記憶や、好きだったけど思い出すと苦しくて閉じ込めた星の事を思い出す。

 もう会話を終わらせたい。けれどそれは他人の彼女には関係の無い事だ。

 このまま退出しようか迷った。

 そのわずかな間を感じて、


「何かありました?」

「あー…。ちょっと…昔の、ことを思い出して…」

「…そう…ですか……」


 少しだけ黙ると彼女は、


「…あの、資料ありがとうございます。何かお礼がしたいんですが」

「あ…いや…。昔の仕事で使った資料なんで…」

「そうですが……。あ。良ければなんですが、α星関連の少し珍しい画像なんですがご覧になりますか?」

「あ…はい」


 彼女からデータ譲渡申請が送られて来たので了承すると二枚の画像データーが送られて来た。

 一枚は建造中の星間探索船の画像でもう一つが探索船の設計図だった。

 設計図に記載されている起工日は約千年前で竣工日の日付は未記入だった。

 一枚目の画像を再度見て、船体にある船体名『トーレメ|ース』を読んで思わず声が出た。


「これ!」

「良かった」


 穏やかな優しく低い声で彼女は安堵の喜びを呟いた。


「何年か前に出版中止になった造船本の編集していた知人から貰った資料なんです。私はこういうのは疎いんですが、詳しい人にしたら珍しいものらしいんです」

「その出版中止になった本は覚えています。僕、造船関係の仕事をしているので…あぁ…懐かしいです」


 また昔の傷が痛んだが、ずっと見て見たかった物を目の当たりに出来た喜びの方が大きかった。


「あ、でもお蔵入りになった資料を、見ず知らずの人間に渡してしまって大丈夫じゃないと思うんですが…。受け取って置いて言うのも何なのですが」

「その辺は大丈夫です。国の方からも公開認可が下りてる資料なので」

「そうですが。正直かなり嬉しいです」

「良かったです」


 柔らかい口調で彼女は言った。


「それじゃ私はこれで。お話出来て良かったです」

「あ、はい。僕も貴重な物まで頂けて。ありがとうございました」

「こちらこそ。頂いた資料参考にします。ありがとう。では」

「はい」


 猫のアバターは一つ頭を下げると退出して行った。

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