14.10年間
タイジはマチと別れて直ぐは生活が荒れた。
学生時代出入りしていた飲み屋で深酒を繰り返した。
1年過ぎた辺りでやや立ち直ったが、アルコールに対する依存傾向が強くなって、依存を克服する為に通院をしたが完全に抜ける事が出来無かった。
依存に苦しんでいたある日、行きずりの女性と関係を持ち彼女が妊娠をしたので結婚をした。
だが、アルコールを完全に断つことが出来ず、妻には打ち明けず心に壁を作った状態での結婚生活は上手くいかず、妻が別の男性と関係を持った為娘がいたが1年程で離婚した。
その後、会社で宇宙船設計部門が立ち上がり、将来本社勤務の設計スペシャリストの育成プロジェクトが発足し、かねてより宇宙船の設計の道を望んでいた彼はその選考に応募し10年の海外勤務のコースを進む事となった。
海外支社では宇宙サイエンスに特化した大学へ通学しながら、宇宙船設計の製造部門と設計部での実務を行った。
忙しい毎日だったが10代の時に諦めた道が拓けた事で気持ちは充実していた。
満たされていく中で、大学で出会った職員と再婚をしたが彼が忙し過ぎた為にこれも上手くいかず、妻は自立た女性で彼を待つ生活に耐えられず1年余りで離婚した。
その1年後、視力の事でかねてより通院していた病院の医師と早々に再婚をし今年で4年目になる。
妻は元々は日本で生まれ日本での教育を受けていたが、当時の配偶者が海外勤務になった為着いて行き海外で医師を続けていた。
彼女が30歳の時、夫が他の女性と関係を持ったために離婚。その後、45歳でタイジと再婚をした。
今回タイジが本社勤務で日本へ帰庫する事となったので、彼女も共に帰国し以前勤めていた病院での勤務となった。
帰国してすぐに彼は本社へ行き、彼女は新たな勤務先となる病院へ出向き今後の勤務状況等の契約内容の確認をし、その後引っ越しの荷物が全て届いているか新居で確認をしていた。
夕方、タイジから帰宅する旨の連絡が入った直ぐ後に緊急外来からの呼び出しがあり、いつもの様にタイジに出勤の連絡をして慌ただしく家を出た。
タイジがテイクアウト料理を持って帰宅した頃は外はもう暗くなっていて、妻もまだ帰宅していなかった。
部屋着に着替え洗濯機に着ていた物を入れて、会社から持ち帰ったタブレットを持って私室に入った。
まだ荷ほどきされていない荷物が部屋の隅に寄せられている。
仕事用のデスクとPC類だけは専門業者に依頼してセッティングまで終わらせてあった。
そのデスクの椅子に座り、小型PC本体の上にタブレットを置くとタブレットの本体間で同期が始まった。
同期進行率が半分になった辺りで光素式モニターを起動し、案内人から教えてもらった動画サイトを表示させた。
今度は同期されたデーターからマチの身上書を開き、客員教授として勤めている大学名を見るとタイジが卒業した大学だった。
客員教授として教壇に立ったのは26歳の時で、客員という形であってもこの年齢で教壇に立つのは彼の感覚では異例だった。
あの当時、彼女の仕事の話を聞いていたが大学で教鞭をふるえるまでとは思っても居なかった。
そう思って、別れてから3年の時間が過ぎていていれば前とは同じでは無くて当たり前だ、と彼自身のこれまでを思い出して苦い思いで納得した。
あの当時、自分がまさか3回も結婚し子どもを持つとは思っても居なかった。彼女とは漠然とだったが、ずっと側に居続けるものと思っていた。
キーボードを触る手をしばらく止め、意を決して大学の公開授業のアーカイブ一覧を開きマチの苗字で検索すると幾つかが該当動画として表示された。
一番古い物は身上書どうりであったなら客員教授になった翌年の卒業式のスピーチの映像だった。
墨色のタイトな、格式のあるデザインのドレスを着た彼女が、演台のマイクの前に立っていた。
彼女が恥ずかしそうに笑いながら、卒業生達の方へ小さく手を振ると拍手が起こり、彼女の名前を叫ぶ生徒の声が飛び交う。
彼女はそちらへ手を振って沈黙を求めた。
27歳の彼女。既に髪に白いものが入り始め、顔の周りの髪は全て白くなっていた。
それ以外はあの頃と全く変わっていない。背筋が真っすく伸びて、首筋の線も美しいまま。
彼女はマイクを手に取り話始める。
「このスピーチ枠は、毎年卒業生の投票で、誰がするか決められています。本年度は私が選ばれて、正直驚いていますが、とても幸せな気持ちです。ありがとう。」
あの子どものような笑顔を向ける。学生達からはやし立てる声援が起きる。
あの頃のマチからは想像もつかない姿だった。
変わらない彼女の声に背筋がぞくりとした。
本当の彼女はこういう姿だったのだ。彼の知る、どこか一歩引いた彼女の姿はどこにも無い。
「でもごめんなさい。私はちゃんとした先生では無いから、卒業生達の為になる言葉は思いつきません。私が出来るのはこれです」
そう言うとマイクを離し手を二つ叩いた。
瞬間会場全体が暗転し彼女だけにスポットライトが灯り、会場全体を映す視点に切り替わった。
彼女の手元から無数の超小型ドローンが青い光を瞬かせながら飛び立ち、会場の所定の位置に配備される。
そこから会場の天井いっぱいに立体天体図のホログラムが光をはらみながら展開した。
自分達のすぐ間近に投影された星に手を伸ばし、触れようとする生徒たちが感嘆の声で騒めく。
「夜でも昼でも星はそこにあり続けます。道が無いと、見えないと思っていても、必ずそこにある、と言う言葉を覚えていてください。私は星に例えて話しましたが、そこにあるのは家族であったり大事な人であったり友人だったりします。沢山笑い悲しみ楽しみ怒り、そして愛してください。私は貴方達を絶対に忘れません。貴方を忘れないでいる人間が一人は居る、と言う事を知っていてください。卒業おめでとう」
そう言うと再び二度手を叩くと会場中が明転し、参列者から大きな拍手と沸き起こった。
マチは顔を真っ赤にして恥ずかしそうに少し身を縮め、再度卒業生達に手を振り壇上から降りて行った。
そこで映像は終わった。
タイジは茫然としていた。
沢山笑って悲しんで楽しんで怒ればいい。
その言葉は彼が彼女に言った言葉だった。
断ち切られ、もう残骸すら残っていないと信じて来た。信じて来たから別の方向へ進んだ。
彼女の中に自分は思い出として、人に贈れる物として残り続けていたと知った。
ずっと持ち続けていた蟠りが消えていくのを彼は感じていた。
10年間彼女に持ち続ていた確執が濯がれて行くような気がした。
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