13.10年後のタイジ
10年前、おとめ座星団側より移民受入許可が降り、その為の移民輸送船の設計が昨年始まり今年の春、起工とあいなった。
請負は機密戦でない限りは民間企業での入札となっていて、今回はここ数年に宇宙船設計部門を新規立ち上げした民間企業が落札を果たした。
起工式会場は設計を請け負った会社の本社エントランスホールで行われる。
招待客は国の官僚や議員の面々や、現在地球に移住をしている異星人達も居る為、盛大な物になる予定だった。
エントランスホール内では今回の演出を請け負った外部スタッフ達が慌ただしく準備を進めていた。
「お待たせしました」
吹き抜けになっているホールを見下ろす二階のテラスで、眼下のホールの様子を見ながら人を待っていた男性に、設計会社の案内係が歩み寄りながら呼びかけた。
呼びかけに振り替える。
「いえ。お疲れ様です」
「到着早かったんですね」
「実は家族も一緒だったんで一本早いので来たんです」
「こちらはどうですか?10年ぶりの帰国でしたよね」
「やっぱりいいですね。この湿度のある空気は喉に良くて」
「向こうは結構乾燥してるという話ですね」
雑談をしながらテラスをぐるっと回り、地階への階段へ向かう。
彼は長らくここ日本本社の設計部勤務だったが、10年前に宇宙船設計部門立ち上げに際し、宇宙船設計を学ぶ為、海外支社へ異動していた。
今回本社での移民船設計を行う事が決定した為、設計部門の統括の為に本社への異動となり10年ぶりに家族を伴って帰国して来た。
家族と言っても妻一人で、彼女は新居の引っ越し状況確認の為に別行動していた。
「起工式は派手にするんですか?」
「そうでもないですね。イベント会社の企画書だとお歴々のスピーチでホールの天井一面に星団周辺の立体映像を演出で出した後、立食で飲み食いして2時間程で解散だそうです」
「僕も招待されてるんですが、正直ああいうのって苦手で…」
「僕もです。今回広報の方を手伝うんで正直憂鬱です」
「設計部でしたよね?」
「はい。今回のプロジェクトで日次業務への人員が減っちゃって、本当ならそっちの方をしたいんです」
「まだそういう感じなんですね。僕が居た頃と変わってないです」
「すぐには変わりませんよ。自社工場の業務はプロジェクト関係なく動き続けているから万年人手不足ですし」
苦笑いし合う。
階段に差し掛かった時、音響ブース近辺で明らかに外部と分る服装をした人間が数人集まっているのが見えた。
彼がそちらを見ると、
「立体映像を制作した外部のデザイナーとエンジニア達です」
指さして説明しながら今回の起工式に入っている業者の資料を彼に渡した。
国のプロジェクトなので関わる人間に関しては診査が厳しくされ、2時間あまりのイベントの人員であっても身上調査がされ統括本部に挙げられている。
「日本のデザイナーやエンジニアって年齢層が若いと思ってたけど、年齢の高い人も居るんですね」
人の集りの中のシルエットで女性と分るがまとめている髪が白い人物を見て彼が言った。
「ああ。フリーの天候デザイナーさんですよ。あれ、地毛らしいんですが若い人ですよ」
「へぇ」
「僕と同世代でしたよ。打ち合わせで話したんですが結構美人でした」
「ははは」
彼は愛想笑いを漏らす。
「いや本当ですよ。ここって相変わらず女性が少ない職場で自社工場が出来てからこっち、外部の人間の出入りが減ったんで、工場の連中とかわざわざこっちの食堂で食べに来たりしてますよ」
「若いって何歳?」
興味はなかったが雑談を続ける為に彼は聞いた。
「33って言ってましたね。髪の色がアレだからもう少し年上に見えますけど、良いですよ」
「へぇ」
先程渡された資料を話を合わせる為に広げる。
全身とバストショットの立体映像が添付された資料の中で、案内人がいそいそと教えたデザイナーのページを表示させた。
その姿を見て彼は凍り付いた。
記載されているデザイナーの名前。『マチ・スミヨシ』
「マチ…?」
小さく呟く。
髪の色以外はほぼ昔と同じだった。いや。髪の色が濃かった頃に比べれば女性らしさが抜けているように感じた。
眉の色は濃かった色のままだが、髪はほぼ白になっている。
「御存じでした?」
「あ…いや。知り合いの苗字と同じだったんで…」
言い澱む。
まさかここで彼女が現れるとは思っても居なかった。
「その辺の空の天候デザインを本職にしてるんですが、天体に関して大学の客員教授もやってて、彼女の授業面白いですよ。立体投影プログラムを使ってやってて」
案内人は有名動画サイトの名前をあげ、
「資料にある大学のページで授業風景を一般公開してますんで。見た目もあれなんですが、詳しくない人間から見ても面白いです」
「…この業者の出入りはいつまでですか?」
「投影プログラムはこっちの広報で操作するので、外部の業者は今日で終わりです」
「そうですか…」
業者の群れが本社の制服を着た社員に引継ぎを終え、連れ立って玄関から出て行った。
彼は、恐怖にも近い感情でそちらを見ることが出来なかった。
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