11.一方通行 -3-
夜勤明け自宅に帰るとマチから通信にメッセージが届いていた。
珍しい、と思って開いて文面を読んで動揺した。
『もう会わない。
ずっと考えてた。
恋人が居る人にこれ以上踏み込んじゃ駄目だって。
ごめん。私から近づいて振り回した。
ごめんなさい。
元気で。さようなら。』
短い文だった。文面には怒りは感じなかった。
恋人?
これまでを思い返して、最初から今まで一度もその話をして事なかった事を思い出す。
背筋が寒くなった。
自分の中で終わった話だった。自分の中『だけ』で。
マチとこの関係になる以前から、彼女には恋人がいる事は確かに話していたが、マチとのやり取りが始まってからは恋人とは連絡を取らなくなって疎遠になっていた。
この関係になった日に終わらせた。
そして終わっている事をマチには伝えずにいた。
浮かれていた。
ずっと浮かれっ放しだった。
受け身の彼女が今日は自分から触れに来た。
彼女がやっと慣れて来たんだと思った。
彼女は必ず一歩引いたところがあった。慣れていないからだと思っていた。
本当はずっと踏み込まない様にしていたからだったんだ。
踏み込まない状態でも、彼女からの愛情がこちらに向けられていると感じる時は確かにあった。
だから、このままで良いんだと安心した。
大事な事は何も言わず。
急いで通信の登録者リスト見た。
マチの名前が通信不可表示になっていた。
向こうが登録リストからこちらを削除したか、ソフトを削除したか。
眼鏡のフォンで通話を開始したが、呼出音が聞こえる前に回線が切れた。
2回試したが切れる。
これも向こうが登録を削除したからだ。
椅子に座った。
今から会いに行くか?
ここまで拒絶しているのは、強い意志があるからだ。
少しずつ湧き始めた怒りが、邪推を呼び込む。
あの外見だ。他に男か出来たのかも?
けれど直ぐに彼が熱を出して泊りに来た時、互いの過去を話した時の彼女の言葉を思い出す。
今まで彼の生い立ちを知った恋人達は、『可哀想に』『過去の事だから忘れなさい』『前を向きなさい』と声をかけた。それに対して彼は黙って傷ついて来た。
何をどうしても相いれない。頭では理解されても。
けれど彼女から出た言葉は違った。
深く届いた。すくい上げる様に。その言葉が本当の自分の未来の様に。
『もう大丈夫』
彼女の中と自分の中の何かが触れて繋がった様に感じた。
あれは錯覚じゃなかった。
けれど、彼女の住んでいる建物は知っているけど、どの部屋かは知らない。
感じたつながりを信じ、彼女からの連絡を待つしかないのか?
彼女に会えるまで家の前で待つ?
待って会えたとして、他に男が出来たと言われたら?
彼女はつながり等微塵も感じていなくて、もう嫌になったんだと言って来たら?
怖かった。
今こういう形での別れですらこんな状態になってしまっているのに、彼女から拒絶されたら?
そう思うと彼は動けなかった。
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