7.泊りは当然 -1-
彼が再度寝入ったのを確認すると、マチは洗濯室で洗濯の終わった衣類を畳み、彼の着替え一組を洗濯機の上に置いて残りを棚に納めた。
台所の保管棚の中には白米と調味料くらいしか無かったので、近所の店まで食材の買い出しに出た。
ゴミの貯まり具合から家事や料理はある程度している様だか、その日食べるものをその日に買ってくる、という感じだったので、作り置きとか邪魔になるかもな、と彼女が消費する分と日持ちする消化に良い食材を2日分買って帰った。
帰ると、先程畳んだ替えのパジャマに着替え、髭を剃った彼が台所でカップを二つ出し、ポットの湯が沸くのを待っていた。
「おかえり」
「体どう?」
マチは使う食材をシンク横の調理スペースに置き、他を保管棚にしまいながら彼に聞いた。
「熱は大体下がった。解熱剤万歳」
「季節の変わり目のそれって不摂生?」
「…昔事故ったって話したっけ?」
「聞いてない」
「学生の時にバイクで転んで、その時に神経やってて、だから眼鏡。この熱が出るのも、気圧の変化が神経に来てるんだって」
「神経系だったらペインメディカルで治らない?」
ペインメディカル。
神経痛専門医療の略称で、地球外への移住環境適応遺伝子操作技術が進んだと同時、繊細な神経系の疾患が国民病とも呼ばれるくらいに増え、長年神経痛と神経系炎症は誰しもが患う病となっていたが、近年量子再生医学の進歩でほとんどの神経系再生や精密調整が可能になった。
「親元に住んでた時の事故で、地元は凄い田舎だったしペインメディカルのある病院は遠くて通えなかったんだよ。うちの親は子どもを医療につなげるのって無駄だと考える人種だったし」
低く、感情を抑えた今まで聞いた事のない乾いた声質で彼が話した。
マチはその話を聞いて、血の気が引き揺さぶられる錯覚を軽く覚えた。
シンクに寄りかかりながら、彼の顔を見る。
彼女の親も彼女が怪我をしようが熱を出そうが、決して医療につなげようとしなかった。
現代の健康管理の手段として体内に体内情報を医療庁のデーターサーバに発信するインプラントを体内に挿入し、そこから体調に合わせて処方薬や健康指導情報が国民に発信されるという物があり、国民の9割が小学校入学時にそのインプラントを体内に挿入している。
マチのインプラントから定期的に発信されている身体情報を診た医療庁から、診察の案内が来ても無料の処方薬が届いても決して彼女には近づけなかった。
「それから…こっちに引っ越して来てから視力がさらに下がって、病院で診てもらったら神経を痛めたのが昔過ぎて、完治するには何度も手術が必要だって。その間無職になるの困るから、眼鏡で補正しても続けられる今の仕事に転職したの」
彼の声の調子がいつもの様に戻って来て、彼女は我に返った。
「引いた?」真剣な顔で黙り込んでいる彼女を伺う。
「いや…うちもそういう感じの親だったからちょっとびっくりして」
「そうなの?」
湯が沸いたので、彼はコーヒーの濃縮カプセルを入れてあったカップに湯を注いだ後、もう一つのカップに湯を入れるかポットを振って身振りで彼女に聞いた。それに彼女は浅く頷く。
「お茶?」
「うん…」
「アールグレイでいい?」
「うん…」
食器棚の端のかごに入れてある飲料カプセルの中からアールグレイを探し、カップに入れて湯を注いで彼女の近くに置いた。
マチはカップを手に取ってシンクに寄りかかり飲んだ。
「晩飯作ってくれんの?」
「あんたはお粥。私は鶏肉で何か」
「肉良いなぁ。俺も肉食べたい」
「薬効いてるだけで、治ってるわけじゃないでしょ」
「熱出した後はタンパク質大事だって知らない?」
「消化出来る?」
「余裕」胃のあたりを撫でてアピールした。
「豆乳は?」
「大丈夫」
「そ」
彼女はカップをシンクの端に置くと手を洗い、まな板を出して鶏のもも肉を一口大、白菜をざく切り、玉ねぎを薄切りに切って、もも肉だけをフライパンに入れ塩コショウをかけ、食器棚に入ってる調味料を見回した。
彼は台所の端に置いてあった椅子を引き寄せて、その様子を隣で見た。
「お酒…ってないよね」
「日本酒なら」
立ち上がって保管棚から未開封の日本酒のカップ酒を渡した。
そのラベルを見た彼女は思わず、
「じじくさ。おじいちゃんが飲む酒やん」
と毒づいた。
「俺おっさんだよ。知らなかった?」
彼の答えにコロコロ笑う彼女。
その表情に引かれてタイジは椅子から立ち上がると、マチの頬と唇にキスをした。
彼が離れると熱くなった頬に手の甲を当てて、少しの間視線を宙にさ迷わせていだが、もも肉に酒を少し入れてカップ酒の蓋をして彼に返した。
「…今日は飲まないでね」
まだ赤い彼女の顔を見ながら、少し意地の悪い笑みを浮かべながらそれを受け取ると、保管棚に戻した。
「飲むと勃た無くなるから飲まないよ」
「病人だ、か、ら、飲まないの」
彼女とのやりとりがいつも心地よかった。
会社の同僚は男ばかりで皆そんなに話す奴らばかりじゃなかった。
彼女と通信を続けたのも「誰かと会話をしたい」と言う欲を満たしたいから、と言うのが強かった。
フライパンの肉に調味料をもみ込み、調理ヒーターの電源を入れフライパンを乗せ軽く焼き、その中に玉ねぎと白菜を入れ更に軽く火が通るまで炒めて水分が出たら粉末味噌と鶏ガラ顆粒を入れて弱火にして蓋をする。
煮込む間に一つだけあるボウルに片栗粉と豆乳を入れて、ダマが消えるまで混ぜた。
「お肉が煮えたらこれ入れていただきます」
「最初からこれ作ろうと思ってた?」
「いや。鶏肉は竜田揚げの予定で、白菜は塩もみして玉ねぎは味噌汁の予定だった」
「…ひょっとして出来る女?」
「良かったね。出来る女が見舞いに来てくれてて」
したり顔で笑うマチ。
「あー、でも竜田揚げでも良かったなぁ…」
「揚げ物は治ってから」
「口が竜田揚げになってる」
不満を漏らした。
居間で食べ終わると片付けはタイジがやると言い出した。が、マチも譲らず、洗いはマチで拭きはタイジで落ちた。
「熱上がって来たら寝なよ」
「はーい」
二人はシンク前に並んで片付けを始めた。
マチの手際の良さに彼はまた驚く。
「17から一人暮らししてたし、夜は飲み屋の洗い場にも入ってたから」
「マチもか。俺も進学でこっちに来たのが17。奨学金で通ってたんだけど生活費足りなくてバイトしてたわ」
「寝不足仲間でしたか」
「昼が一番きてて、白目向いて食堂で食べてたわ」
「わかる。寝ピクして膝で食堂の机蹴って惨事になった」
「寝ピク」
入眠時ミオクローヌスの話題でひとしきり盛り上がっり切った頃に片付けが終わった。
タイジは薬を飲みに寝室に移動しようとして立ち止まると、
「替えの歯ブラシ、脱衣所の鏡の横にあるし使って。服でもタオルでもシャンプーでもどれでも好きに使って」
マチに伝えた。
マチは洗濯室から長袖のシャツとタオルを2枚持って、隣のバスルームに入った。
中は除湿が効いていたが数時間以内に使った痕跡があった。
彼女は手早くシャワーを浴び、脱衣場の送風機で髪を乾かし歯を磨くと、今日着ていた衣類と下着を洗濯機に任せて、急いで寝室に行くと彼に聞いた。
「お風呂入ったの?」
思ったより早く出て来て開口一番の彼女に少し驚き、タイジはタブレットの画面から彼女の方を向いた。
「汗かいてて臭かったし」
「熱下がりきるまではミストだけにしときなよ?」
「はいはい」
生返事をすると寝具の上掛けをまくり、自分の横に入るように促した。
釈然としない顔でも隣に滑り込むマチ。
自分と同じシャンプーとボディソープの真新しい香りが、彼女から匂い立つ。
シャツが大きく、長い裾から見える素足の腿に軽い衝動を感じながら、腹ばいでタブレットの画面を見続けるタイジ。
彼女の居る反対側の耳にワイヤレスイヤホンを入れていた。
「何観てるの?」
「調査船の造船の歴史動画」
「本当宇宙船好きだよね。最初あの部屋の模型の群れをモニター越しで見た時は流石に引いた」
「好きな物は好きだからね」
「歴代の探索船全部あるの?」
「竣工したのは全部あるよ。起工しても完成しなかったのとかは販売して無いから無いな」
「そういう船あるの?」
「あるよ。機密調査以外のだったら2隻。1つは図面まで公開されてるんだけど、もう一つのは船体名と起工日しか公開されて無いんだよ」
そう言うと彼が良く利用している宇宙船コミュニティのサイトをタブレットに表示させ、彼女にも見えるようにした。
無数の船体の画像が船体番号順に並んでいたが、2箇所だけ『調査中』と言う文字だけが表示されている。
「その頃調度第13次世界大戦のさなかで、造船ドック近くに核融合発電所があって、そこが真っ先に標的になって吹き飛んでる」
第13次世界大戦。人類最後で最も短い世界大戦と呼ばれその頃は太陽からのエネルギー獲得技術が完成していた為、人類史最後の核融合発電所は地球汚染の一因とされ保有していた国が各国より一点集中攻撃されこれの破壊制圧で終戦を迎えている。
これまでの戦争にあった副産物的な世界各地で起る小競り合いはほとんど発生しなかったと言う、非常に珍しい戦争だったと言う。
「年代も年代だし戦火なら厳しいね」
「そうでもない。戦中だとどさくさ流出も結構あって、このコミュで船体名『トーレメース』ということまで分ってる」
「トーレメース?何かあんまり馴染みのない発音」
「大規模星間移住時代、行くかの国が丸ごと移住してるだろ?その国の一つの言語だったらしい。今移住先と連絡が途絶えてるらしくて、その辺も外交庁との研究が進んでるんだってさ」
「何かロマンだね」
「ロマン。古語引っ張って来たな」
少しの間一緒にタブレットを見ていた。
「そういやずっと気になって聞きそびれてたけど、通信の名前のフォーマルハウトって何で?」
「…あー…」マチは少し言い澱んだ。「…話しても良いか………。子どもの頃、家に居れなかった時に展望台の秋の星座の紹介アナウンスで聞いて、そこで聞いた名前だった…から」
乾いた声でサラサラと言葉が出て来た。
話し終えると、しばらく遠くにいた感情がゆっくりと彼女の息を詰まらせていく。
何度目かの生理が来て、体が成長すればするほど外で寝泊まりするのが厳しくなっていった。
高速道路のサービスエリアの公衆トイレは尚更で、警備ドローンがトイレの出入り口に常駐するようになってからはもっと遠くの夜間でも出入りが出来る場所へ行った。
そこは日中はほぼ無人となっている区外の民家も無い山中の展望台。
そこで、泣きながら何度も何度も同じ星の話を聞いた。
今でもそれを思い出すと涙がにじむ。
言葉を途切れさせた彼女の顔をふと見ると、下まぶたと瞳の間に光の線の線がにじみ出ているの見つけた。
「マチ?」
「あ…ごめん…」
彼は腕を回してマチの頭を抱き寄せて彼女の額に頬を当てた。
「…悪い事ばっかりじゃないよ。それで星に詳しくなったし。今の仕事に就こうと思ったのも、ここから見えない星を見れる様にしたかったからだし」
彼女の作る天候デザインの最下層レイヤーには、配備される場所から見える何億光年もの星の配列を必ず入れている。
完成品では決して見えないレイヤーで、宇宙天体望遠鏡クラスでないと確認出来ない。
彼女の中での拘りだった。
誰にも分らなくても。誰にも理解されなくても。誰にも見えなくても。
好きになれたものだった。誰にも奪われない。殴られても酷い事を言われても。どんなに傷ついても泣いても無くならないモノ。
「…俺ら、ちょっと似てるかもな」
「?」
「…俺、子どもの時、家に帰ると親が居て、一緒には居られなくて、ね……親が寝る時間まで図書館に隠れてたんだよ。……子どもが出入りする場所は警備員が必ず見回るから、利用者の少ない専門書のある場所に隠れてて…寝ると風邪ひくから音声データをずっと聞いてたんだ。………その時に星間探索の話聞いていつか探索船関係の仕事に就きたい、って思った」
彼の本棚の中の設計の本の多さは、ただ設計の仕事が好きとか宇宙船が好きだけじゃないのだと、彼女は納得した。
模型や紙の設計書の多さも納得できる。
「けど、星間探索船の勉強が出来て奨学金で通えるとこが無くて、それなら天体関係の仕事と思って天候デザインの仕事に就いたけど眼鏡」
柔らかく自虐的に笑った。
マチは彼の頬に頬を着けた。
「…もう大丈夫だよ」
「…今の仕事は好きなんだ。勤務体制はちょっときついけど、進んで行く設計技術をちゃんと取り入れる会社だし、同僚も口数少ないけどやっぱ船とか車とか好きな奴多くて話したら楽しいし」
「…そうだね。私も好きだよ。誰かが、いつか行ける場所かも知れないって見上げてくれてるかもと思うと、嬉しい。私もいつか行けたらって、思って、作るのは凄く楽しい」
愛おしむ様に彼の頬に唇を当てると、諭すように決める様に、
「私達は大丈夫…」
そう囁いた。
『過去の事だ』
『終わった事だ』
こう言う言葉は絶対言っては駄目だと感じていた。彼女自身も言われたくなかった。彼も言わなかった。
この足枷は人に外してもらうものではない。自分の力でしか外せない。外したとしても枷はいつでも足にしがみ付こうと足元でとぐろを巻いている。
消えたりはしない。消えたと思っていても見えなくなった気がするだけ。
-2-
少しの間二人は寄り添っていたが、タイジが何かを思い出したように眼鏡を外すと彼女にキスをした。
明らかに様子が変わった彼の動きに、マチはストップをかけた。
「今?」
「言っただろ?毎日出来るような体力はない。回数も出来ん。その上での一回一回は大事なんだ。風呂も入ったし」
「…だからの風呂?…無いって言わなかった?熱は?」
彼女の問いに対して彼は彼女の手を取って自分の服の中に入れ裸の胸を触らせた。
彼女の掌に触れる体温は確かに先の物と比べれば、穏やかな物だった。
「何度でも確認するけど、嫌?」
「………大丈夫…」
彼女はためらいがちに彼の胸に指を立てた。彼は眼鏡をサイドテーブルに置いた。
「香水つけ直した?首のところ」
「…着けてないよ」
「そ?…」
「…関節柔らかすぎん?」
「…………良くしゃべる…」
「…。…黙ってた方が良い?」
「…話しかけられても…上手く答えらんない…」
「………もう少ししたら話さなくなるから…」
「…。…。ちょっと待ち…」
「…」
彼は一旦離れ、彼女の後ろに横たわると、そのまま彼女の両脇から腕を通してしがみつく様に抱え込んだ。
「?」
「力入り過ぎてるから。リラーックス」
そう言うと彼女の脇をくすぐり出した。
彼女は眼を見開いて一つ悲鳴を上げ暴れたが、しっかり抱え込まれていて逃げれず、顔が真っ赤になってえづくまで笑わされた。
「…マジで…信じらんない…」
腕から解放され、マチはぐったりと息も絶え絶えに毒づいた。
彼女の様が面白くて、
「まだ死にたくはないなぁ」
彼女の体を自分の方に向けさせ、彼女の口の中に舌を差し入れた。
指先で力が抜けているかを確認し、しばらく慣らし続けた。
マチは体は疲れて眠気はあるのに、目が冴えて眠れなかった。
タイジは彼女の頭を抱えるような形で寝入っている。
マチの直ぐ近くで、自分の肌とは違う質感の肌が規則正しい呼吸で動く。
動く度に、分かるか分からないかのタイジの香水の香りと汗の臭いと体液の独特な臭いが動いて、暖かく揺らいで鼻腔に入り込む。
それが心地よく胸が騒いだ。
身じろぎをすると全身の関節が軋んで痛んだ。
こんなに痛む程動いた記憶がないのに、関節周辺の筋肉も熱を持って痛んでいた。
こういうモノなのか、と彼女は漠然と思い遣ってた。
痛みを感じる時はあったけど、その度にタイジは緩やかにして待った。
もう一度身じろぎすると、タイジは目を閉じたまま彼女の髪の中に手を入れあやす様に指先で優しく叩いた。
その優しい仕草にマチが驚いていると、間近にある彼の胸が大きく息を吸い込み彼は眠りから覚醒した。
「…眠ってない?」
眠そうな低くかすれた声で、目を開けず彼女に聞く。
「…うん」
「…そっか…」
彼はベッドのヘッドボードに固定してある家電の制御盤を操作し、バスルームの浴槽に湯を貯めた。
「…湯貯まったらアラーム鳴るから……先入ってて」
欠伸をしながら全身を伸ばした。
「え…一人で入りたいんだけど…」
「…お願い」
「うー…」
マチは床に落ちたシャツを着てアラームが鳴る前に、バスルームへ移動して行った。
シャワーの音が聞こえだす。
タイジはもう一度手足を伸ばして大きく欠伸し、眠気を飛ばした。
本当は起きてからしたかった。
マチは黒系の服を着ていたから分かりにくかったが、胸が手に余る大きさだった。
若いせいか肌の質感は張りが強く、思った以上に関節が柔らかくこちらに沿わせる仕草をする。
処女は初めてだったが、痛まない様に慎重にはしたつもりだった。
寝具をまくり彼女が寝ていた位置のシーツを見たが、血の痕跡は無くホッと息を吐いた。
思い出すとまた催しそうな感覚が集まって来るのでベッドから降り、服を拾いバスルームに向かった。
浴室に入ると湯を貯めた浴槽に、膝を抱えた姿勢でマチが浸かっていた。
彼はシャワーで体を洗い、彼女の向かいに入ろうとしたら彼女は慌てて出ようとしたので、腕を掴んでまた座らせた。
少しの間の沈黙。腕は掴んだまま。
彼は視線を彼女の方に向けない様に、分かりやすく彼女の後ろの壁を見ていた。
マチは所在なさ気に、水面から出ている自分の膝を見ていた。
彼は湯の暖かさで筋肉が弛緩していく心地よさに息を深く吐くと、ずっと掴んでいた彼女の腕を引き寄せ足の間に座らせた。
マチは腰のあたりに当たる感触が気になる仕草をした。
「しないしない」
彼女の脇に腕を通して彼女の胸下の胴に回して、抱き寄せる。
彼女の速くて強い鼓動が伝わってくる。
髪の中に顔を埋めた。
シャンプーと皮脂の臭いがした。香料の臭いも好きだが、人の体の臭いも好きだった。
匂いを堪能しながらふと頭越しに湯船に浮く彼女の胸を見た。
おもむろに片手でそれを下から持ち上げた。手にかかる重みと反発感と肌に沿う感触。
掌にも彼女の鼓動が伝わってくる。
その様子を黙って見ているマチ。
「これさ、デカいよな」
「…まぁそれなりに」
「お前の体格でこれは大きいだろ」
上下に揺らす。彼は凄く良い風景だと思った。安らぐ。
「…乳好き?」
「モノによる。これは良いな」
マチはしばらくされるがままにしていたが、触れている彼の手の位置が変わっていった。
「…ちょっと…」
「状態確認」
「…」
「嫌ならしないけど」
「……まだ中がジンジンしてて…」
「嫌?」
「…嫌、ではない…」
指で内側に触れて彼女が痛がるかどうか確認する。小さく彼女が肩を震わせた。
「…大丈夫…みたい…」
彼女が教えると、彼は自分の方に向きを変えさせて向かい合うように腿の上に座らせゆっくりと差し入った。
まだ強い圧迫と粘膜特有の摩擦感があり、痺れるような快感が走る。
かすれた声が彼の首にしがみつく彼女の口から洩れる。
「…大丈夫?」
「…少しゆっくり…」
彼は快感に痺れながらのぼせた様な表情で、マチの顔を見た。
暗いベッドの上では見れなかった彼女の細かな表情が見れた。
わずかに開いて少し歪む口元。
外国との血の混ざりを強く感じさせる鼻。
頬に影を落とすまつ毛の下のこちらを見ない三色の瞳。
眉間に寄せられた、気の強さを感じさせるはっきりと並ぶ眉毛。
紅潮している頬と首筋。
彼が彼女の下唇に指先を入れ口を更に開かせると、彼女は応じて口を口で塞いだ。
上あごの裏を舌でなぞる度に、眩暈のような痺れるような快感を感じ合う。
口を離してマチの片頬に手を当てこちらを見させる。
彼女の瞳の奥を覗き込む。
最初に感じたのと同じ、何かが見つかる様な錯覚を感じた。
ただ自分の目を見つめる彼に、彼女は少し眉根を寄せて疑問を表情で伝えた。
「…分かる?」
「…?」
「…自分が美人だって」
その言葉に彼女は困ったような笑みを浮かべた。
「……あー………解熱剤が切れる時間かも…ちょっと頭痛い…」
脱衣場で服を着たところで、だるそうにタイジが呟いた。
「…まだ万全じゃないのにさ」
彼に背を向けて髪を結わっていたマチが冷たい声で言った。
その冷たい声に、彼は先ほど初めて聞いた息交じりの彼女の嬌声を思い出して体が騒ついた。
「ぶり返したかもだけど、まったく後悔してない」
彼女を後ろから抱きしめ、髪の中に顔を埋め少し持ち上げた。
タイジは寝室に戻って枕元の体温計を取って測った。平熱から完全に上がってた。
マチは台所から持ってきた解熱剤と補水パックを彼に渡した。
タイジはそれを飲んでそのままベッドに横になった。
マチはその空の解熱剤のケースと空のパックを受け取って台所に行くとそれを捨て、補水パックを二つ持って戻るとサイドテーブルに置きベッドに入った。
隣に入って来た彼女の素足の腿が彼の手に当たった。
「冷たっ。下も何か履けば良かったのに」
どさくさに彼女の腿の更に上を触った。
布の感触を確認出来無かった事に、少しの間を開けると困惑した表情でタイジは言った。
「…一晩に3回はちょっと…」
「違うっ。下着も洗ったから何も履かないで履くの嫌だったの」
「なるほどね。まあ、朝になったら」そう言いながら内腿を触り続けた。
「…もう寝ようか」
マチが黙って片手で頬杖をついてその様子を見守っていると、彼はその内寝入った。
彼女もサイドテーブルの照明を暗くすると眠った。
マチが目を覚ますと、後ろから伸びたタイジの手がシャツの裾から入っていて彼女の胸を鷲掴んでいた。
首だけをめぐらして彼の顔を確認するとしっかり眠っていた。
体をよじり鷲掴んでいる手を退け、体温計を取ると彼の体温を測った。平熱。
枕元の時計を見ると夜明け前だった。
馴染みのない場所で眠るといつも夜明けに目覚めていた。バイト先の仮眠室。昼間の仕事だけにした最初の頃の自分の寝室。
いつもならすぐに眠気が引いて行くのだが寝具の中がずっと暖かく、彼女の体の上に回されてる彼の腕の重みが心地よくて眠りが増していった。
そのままもう一度眠ろうと寝具に潜るとその動きに反応した彼が、
「…何時?」
半覚醒状態で聞いた。彼女が夜明け前の時間を教えると、
「…そか…」
彼女を後ろ抱きにしそのまま、また規則正しい呼吸になった。
彼女も寝入った。
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