第10話 セレモニー

 四月。副編集長が僕より年が若い部下に声をかけまわっていた。

「友永も来いよ」

「なにかあるんですか?」

「ほら、新しい副社長の就任セレモニーだよ。若いの連れてきてと声をかけられててね」

 初めて聞く話だった。


 イベントホールに通され着席すると、若い社員の顔がたくさん集まっていた。それに、報道のカメラマンが多い。新聞社に雑誌記者、各テレビ局。自社の広報も当然入っているだろう。

 緞帳が上がる。すでにけんごさんが壇上にいる。

「新しく砂漠谷出版の副社長に就任した砂漠谷さばくたに健吾けんごと申します。今日はよろしくお願いいたします」

 会場で小さく拍手が始まると、一度抑えてというふうにジェスチャーした。

「年功序列のやり方から、若い方の意見が適宜取り入れられるようボトムアップを目指します。ハラスメント通報窓口を強化します。また社内外問わずマイノリティへの差別が起きないよう研修を行っていきます。年代問わずに、これがハラスメントだと気づいて通報できるよう研修を行っていきますのでよろしくお願いいたします。新世代の作家を受け容れるにはまず社員の知識のアップデートが必要だと考えます」

 波がうねるような感覚から割れんばかりの大きな拍手の音に変わり、何人かが立ち上がった。僕もつられて立ち上がる。背がそこまで高くない自分でも、熱さを感じる。それに僕の言葉を取り入れてくれたような気がして目頭が熱くなった。

 ホールから出ると副編集長が眼鏡を取って泣いていた。休憩スペースには副編集長と同年代の方々がそこかしこで泣いているように思えた。

「副社長って去年第三文芸に顔出された方ですよね」

「あ、そう! 合ってる!」

 泣き止まない副編集長に代わり、僕が返事をする。

「はぁ、綺麗な顔立ちだったなぁ」

「何食べたらあんな綺麗な肌が保てるんだろう」

 まさか土日は食パンにバターですよなんて返事はできなかった。

 彼らが会話しながら歩き出す。少しだけ先輩になれた気がして背筋を伸ばした。

「良かった、良かったな。副社長のセレモニー」

「は、はい」

「友永、ごめん、俺が気づいてたのになかなか通報できなくて」

「え? あ、あの、編集長から妙に領収書の計算を頼まれてたときですか」

「おま、気づいてなかったのかよ」

「……あ。いえ、助かりました」

「その件で若編と仲良くなったんじゃないのか?」

「え? たまたまバーでお会いして」

「あいつ……! 一応聞いてはいるよ、若編から。結婚おめでとう」

「っありがとうございます!」

「俺も編集長になる」

「え!? 異動ですか?」

「異動するのは今の編集長。俺も友永も今と同じ第三文芸のままだよ。それとも、友永は若編の秘書になる予定だっけ?」

「いえいえ! まだ全然編集の仕事やりたいです!」

「編集長やりたい?」

「はい! もちろんです!」

「じゃあ、一緒に頑張っていこう」


 編集部に戻ってくると、編集長がデスクを片付けている。

 一応今日付で異動なんだと副編集長が僕に耳打ちしてきた。

 ハラスメントをしていた編集長は異動になり、通報に協力した社員は基本的に格上げされるらしい。セレモニーに呼ばれた部署は特にハラスメントが常態化していた、と副編集長いや、幸田編集長から聞いた。

 副社長の仕事の話は初めて聞く話ばかりだ。いつも疲れた顔をしていたのはこのせいかもしれない。仕事だけど残業じゃない。

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