第4話 バー店員からのアドバイス
月曜も残業だった。変にかっこつけた目標を立ててしまったからか、連絡しづらくバーにも寄らなかった。コンビニ弁当を電子レンジであたためても、一人の部屋でにぎやかさのないご飯は美味しくなかった。
「なんだか、寂しい味――」
金曜だけは寄ろうかな。
残業がある日ばかりでは無くなっていったが、定時で上がれた金曜にけんごさんへメッセージを送った。
『ちょっと遅くなるけど、もちろん行くよ』
用事がお仕事なのか、それとも――いや、勝手にプライベートを予想するのはやめよう。自分もいい年齢なんだ。カードゲームに誘ってくれたの嬉しかったなぁ。どうやったらけんごさんにお礼ができるんだろう。遅くなるってことは、他の常連さんに聞きやすいかもしれない。
ライトに照らされる繁華街を意気揚々と進んだ。
「こんばんは」
「あら? 今夜は早いのね」
いつもの席というかのように、入り口に近いカウンター席に通される。
「定時で上がれたので」
「お? だったらここでご飯じゃなくてもいいんじゃない?」
ニヤリと店員が笑う。いつものと聞かれ、はいと答える。
「あの、僕、けんごさんにお礼がしたいんです。今夜もバーに行きますとメッセージを送りました」
「あらあらあら~♡じゃあ、ゆうさんのお隣は予約席扱いにしちゃいますね。大丈夫、チャージ料はおまけです」
「来ますと返事をいただいているのですが、お礼したいのに断られてしまって、どうしたらいいんでしょう」
「うーん、お店からするとけんごさんと上手に付き合えてるお客さんがいるだけで十分にありがたいです」
「えっ、えっ。そんなこと言わないでください。けんごさんのこと、まだよく知りませんし」
「あ! そういえばけんごさん、カードゲームが好きでしょ? その時間に付き合ってみたら?」
「……あー、誘われたのに断っちゃいました」
「いいじゃん。断ったのに、ゆうさんの方から『やりたーい』って甘えてくれたらけんごさん嬉しいんじゃない」
「あ、あ、それいいかもしれないです。やってみます」
運ばれてきた烏龍茶と健康御膳に口をつける。いつからかメニューに加わっていた健康御膳は優しい味の精進料理みたいで、特に残業後はやたら美味しく感じる。
「そういえば、先週、途中から記憶無かったんですけど、なにがどうなったんでしょうか」
「あーーー、それはけんごさんの口から聞いた方が楽しいんじゃない? お礼がしたいならさ。お店としては健康的なお付き合いを応援します」
「え? は、はぁ」
金曜の夜だからか、この時間に来ることがはじめてだからか、どんどんお客さんが入ってくる様子に僕は目がまわりそうだった。
「こんばんは! ゆうさんいますか?」
「ゆうさん、けんごさんいらっしゃいましたよ」
店員が隣の席に置いてあった予約席のプレートを持っていった。
「あれ? 予約? ゆうさん、お礼はいらないって」
「いーえ、お店からのお礼です。ゆうさんへの。けんごさんとうまく付き合える人なので」
「ちょ、ちょっと変な言い方やめてくださいよ」
「そーんなこと言ったって、今までけんごさんが心配で世話焼いてお持ち帰りしたお客さんで再度来てくれたのゆうさんだけなんですよ」
「うっ、それを言われると面目ない」
目を閉じて頭を垂らしたけんごさんの前にすぐ烏龍茶が置かれる。
横顔で開いた目は憂いを帯びていた。
「けんごさんの瞳、お綺麗なんですね」
「ん?」
こちらを向くとやはり潤っているようにみえて、余計にキラキラしている。
「あ、ごめんなさい。人の顔をまじまじとみつめてしまって」
「嬉しいよ。お店の言ってることもわかるんだ。こうやって世話焼いたあとも来てくれて連絡取っているのゆうさんが初めてだから」
「僕なんかで役に立ててたら幸いです」
「ゆうさん、自分を卑下するのやめてよ」
「え?」
左手でコップを持ったけんごさんは頬を高そうな腕時計にこすりつけるようにしなだれた。
「あ、あの、お酒飲んでます?」
「飲んでないよ。仕事で遅れただけ」
「残業、ですか?」
「うーん、そういうわけじゃないんだけどね」
カウンター席に近づいてきた店員がけんごさんの席へ健康御膳を持ってくる。
「けんごさんさ、ご飯食べたらゆうさん倒れないうちに送っていってあげてくれない?」
「……わかりました。いいですよ」
けんごさんはバーでのしっかりとしたキメ顔だった。
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