第3話 知らない部屋

 目が覚めたら知らない天井だった。いや、僕、ロボットものの主人公になった覚えないし。布団をはがして体を起こす。なんだ、ちゃんとパジャマ着させられてる!? あれ? スーツがちゃんとハンガーにかけられてる!?!?

「ゆうさーん、そろそろ起きて。あれ? 起きてた?」

「は、はい。おは、よ……ぉ、ございます、けんごさん」

「あはは。お腹空いてる?」

「い、いえ。というか、状況を理解? できて、ないです」

「そりゃそうだよ。急にゆうさん寝潰れちゃったから。ごめんね、ナンパしないなんて言って心配だからお持ち帰りしちゃった。着替え以外は触ってないよ。寝苦しそうだから、つい」

「え、えと、ここは、ホテル? ですか?」

「いや、俺の家」

「んーーーっと? 僕は今、けんごさんの自宅にいるんですか」

「そう! 頭、起きてきたね。でも午後から友達とカードゲームする予定だから、とりあえず起きてご飯食べるか、それともお水飲んだら昼寝するか決めて欲しい」

「あ、あの、けんごさん。昼寝できるならしたい、です。あの昼寝したら帰りますから」

「昼寝の後は昼寝してから決めよ。とりあえずお水だけ飲んで。今の気候って脱水症とか怖いし」

「ああ、はい」

 会社と違って心配される時間が心地よい。一人で会社に残って、家でも一人でいるのよりずっといい。

「いちお、バーの常連さんもいるからゆうさんを僕が持ち帰った話は知ってるから、トイレとかお水とかはご自由に」

「あ、あ、はい」

 コップ一杯のお水を飲んだら解放されて、ベッドへ戻った。ここはゲストルームなのか、それともけんごさんの自室なのだろうか。清潔に片付けられていて、僕自身のせいかつのできなさを思い知りながら、けんごさんの布団の中でぬくぬくと体をあたためて昼寝をした。


「ゆうさん、起きてる? 夕方だけど、どうする?」

 ハッと目が覚めて窓の外は夕闇。

「あの……このままゆっくりさせていただいてもよろしいでしょうか」

「気に入ってくれた!? 嬉しい!」

 ニカッと笑ってくれたけんごさんは、世話焼きなだけだから迷惑ならすぐに言ってくれと続けた。

 なんでも、心配で連れ帰って寝てしまった人をすべてパジャマに着替えさせていたらしく、朝になるとひっぱたかれてその人はもうバーには来なくなるらしい。

「あー、それで店員からの注意が」

「そうそう。パジャマにしてもなんも言わないし、長時間居てくれる人ゆうさんが初めてだから若干戸惑ってるよ。それと、ゲームの最中うるさくなかった?」

「ずっと寝てて……ゲームってほんとに? してたんですか?」

「そうだよ! 部屋見る? まだゲーム片付けてないから遊んでた雰囲気はあるかも」

 ダイニングキッチンの隣の扉を開けると大きいテーブルと四つのソファが並べられている。テーブルが大きいからか、部屋が狭く感じるくらいだ。

「トランプ? とかじゃないんですね」

「遊ぶこともあるけど」

「へぇ、はじめて見ます。ニムト……?」

「今日はニムトとスプレンダーを二戦、それから五本のきゅうり、最後にボーナンザを巻きで」

「へ、へぇ。なんかすごいっすね、初めて聞く名前ばかりです」

「今度、ゆうさんも一緒に遊んでみない?」

「いや! 僕は難しいの無理なんで」

「難しいゲームばかりじゃないよ。無理にとは言わないけど、良ければ。それに、心配だからまた会いたい。趣味の仲間でもいいし」

「僕は――寂しいのがまぎれればそれでいいんです」

 けんごさんはパチンと手を合わせた。

「夕飯はこの部屋で食べよっか!」


 甘えさせてもらって日曜の夕方まで一緒に過ごした。お互いのプライベートの話はあまりしなかったけれど、最後に連絡先を交換したいと伝えたら驚かれた。

「その……バー以外でちゃんとお礼したいですし」

「いいよいいよ、気にしないで。やりたくてやってることだから。俺もこうみえて寂しさを紛らわさせてるだけなんだよ」

 店員が言ってた『似た者同士』はここまでしみてくるのか。

「じゃあ! 余計に! けんごさんがバーにいる日を知りたいです」

「そんなこと言われたのはじめてだから照れちゃうな」

 かすかに笑った顔がバーにいるときのキメ顔ではなかった。少しだけ、けんごさんの人となりが見れたようで嬉しかった。

「ゆうさんの登録名は友永ともながなんだね」

「けんごさんはけんごさんのままですね」

「……うん。色眼鏡で見られたくないから」

「じゃあ、明日会えたら会いましょう!」

「って、ゆうさんは残業しないで直帰できたほうが健康にいいよ」

 ひとしきり笑ったあと、心から笑ったのはいつぶりだろうか、寂しさが残る。

 よし、明日こそは残業しないでけんごさんに連絡してバーで会うぞと心に決めた。

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