第2話 残業続き

「あー、残業終わんねぇなぁ」

 上司から指摘された大きなミスは挽回したものの、その処理が終わってなく、毎日残業が続いて一週間経った。

 昼間はもっと安く済ませ、夜はあのバーでご飯を食べるのが定番になっていた。けんごさんは居たり居なかったりした。居ても、席が隣というわけではなく、お互いに両手を挙げて挨拶するぐらいだった。店員には「けんごさんにナンパされなくて安心」と言われたし、他の常連さんにも顔を覚えられてきたのか「けんごは人たらしだから気をつけて」と忠告されたりしていた。

 今日は金曜の夜。初めて行った夜のように、普段よりも騒がしい。寂しさが紛れる。

「よっ。こうやって話すの一週間ぶりだね、ゆうさん」

 カウンターに通された隣の席にはけんごさんがいた。

「こんばんは、名前覚えててくれたんですね」

「その感じだと俺の名前も覚えてくれてる?」

「はい、けんごさんですよね」

「ビンゴー!」

 けんごさんがはしゃいだので驚いて固まってしまった。

「残業、まだ続いてるの?」

「あ、はい。今週はずっと残業で」

「そういえば毎日来てたよね?」

 居ない日もあったと思ったのに。

「あれ?」

「ん? 俺も毎晩来てたからさ。奥の席で常連さんたちとカードゲームしてたときは気づかれてなかったかも」

「あ、へ、へぇー。カードゲームなんてあるんですね」

「うん、俺も好きだからね」

 ドキッとした。常連さんにけんごさんの好きな人がいるのかと思った。

「カードゲーム。たまに土日は友達とゲームして遊んでるんだ。ゆうさんもどう? 趣味ないって言ってたし、新しい趣味に」

「けんごさん、ナンパしないのー!」

「ナンパじゃないって!」

 僕の話、覚えててくれたんだ。いや、けんごさんがなんのお仕事しているかは知らないし、疑うのは良くないけど……ただの記憶力がいい人かもしれないし。

「いつものおかわり」

「はいはい。でもなんだかんだで、毎晩来ててソフトドリンク飲んでる人って少ないから似た者同士かもねぇ?」

 え?

「けんごさん、お酒飲まないんですか?」

「あぁ、うん。慣れないといけないんだけどお酒飲む場って苦手なんだよね。ゆうさんは?」

「元々あんまり飲まないんですけど、最近は疲れてて飲む気力もなくって」

「ゆうさん、大丈夫? 疲れてない? その会社大丈夫?」

「あー、なんか僕、小さいミスが多い方なんですけど、ミスが多重に起きててその処理が……はぁーっ」

「ゆうさん、ごめん。嫌なこと思い出させちゃったみたい」

「ああ、いいんです。僕のことなんてそんな気にしないでください」

 そういって一瞬目を閉じた後の記憶がない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る