第1話 出会い

「はぁ……久しぶりの残業しんどい、お腹空いた」

 駅までの道すがら、いつもはランチタイムにしか寄らないバーが開いている。

 いや、バーなのだから夜に開いてるのは当たり前なのだが。相当、頭が疲れてるのかも。そう思いながら、ドアを開けた。

「いらっしゃいませ! あっれー? いつもは昼間にしか来られない方ですよね」

 店内は満杯で、カウンター席に通された。

「あ、はい。ここのお店美味しいから、ご飯食べに」

「ここ、バーですよ。飲み物どうされます?」

「烏龍茶と特撰カレーでお願いします」

 オーダーが繰り返され、厨房に向かって再度繰り返された。

「ほんと今日はどうされたんですか?」

「あー、ミスが重なって残業……全然終わらなくてこんな時間に」

「ランチタイムはバタバタしててお話する時間ないですけど、常連さんから話聞いてもらってくださいね。あ、お隣は常連のけんごさんです」

 烏龍茶を一口飲み、ご飯を待つまでの間、昼間もよく見かける店員さんに隣の席の方を紹介された。

「はじめまして、ですよね? あ、あの! 今、頭疲れてて、もしお仕事で会ったことある人ならごめんなさい!」

「名前も名乗ってないのに謝る人、初めてみたわ。俺はけんご。夜に来ることが多いかな。愚痴なら聞くよ」

「すみません、すみません。僕、友永ともながっていいます」

「あ、本名? 本名でもいいけど……どんな字書くか教えてもらえる?」

 説明する気力がなかったので、スマホのメモアプリに変換して画面を見せる。

「とりあえず、ゆうさんと呼んでいい?」

「あ、はい。なんか照れます。そんな呼ばれ方したの初めてで」

「お待たせしました、特撰カレーです。ねぇ、けんごさん、もうナンパしてる?」

「違うよ! お名前聞いてたの」

 ランチタイムと違って夜はにぎやかにやっているようだった。他の方はお酒が入ってるから仕方ない一面もある。

「まだ連絡先は交換してないし、ここでのニックネームつけてただけ。ね? ゆうさん」

「は、はい! ありがとうございます、助かります。僕、仕事のことばかりで趣味もないですし、夜にこういうお店来るのも初めてで」

「けんごさん、ナンパしないようにね。ほら~、名刺交換したらライバル会社だったとかもうやめてくださいよぉ」

「え!? そんなことあったんですか!?」

「ははは、失敗談ね。ご丁寧に名刺を差し出してくれたのでついつい。しみついたビジネスマナーは嫌だよねぇ」

「ええー、僕、下っ端なんで、外で名刺交換しようなんて思ったことないっす!」

「元気出てきた?」

「え?」

 見透かされた言葉に心臓がドキリとはねる。知らない場所は心臓に悪い。

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