おひさまの味
川上水穏
けんごさんの前日譚 九月十五日 火曜日
いつものバーで、いつものカウンター席に座る。奥のテーブルで一人で飲んでたゴンさんが初めて来た二人組の客に声をかけていた。彼らは四人用の広いテーブル席に座っているようだ。
「亮さん? ねーえ! こんな健全なバーになにしにきたのよォ?」
「あれ? ゴンさん!? あなたこそどうして」
「私はここの常連なのよォ。ほんとに知らなかったんでしょうねぇ~?」
ゴンさんが女言葉を積極的に使うのは相手がお仲間だと知っているときだ。
「隣、いい?」
ゴンさんが図々しく誰かの隣に座ろうとする声が聞こえる。
「いいですよ、ね?」
「……ああ、うん」
今にも騒がしいバーでは埋もれていきそうな肯定に、グラスを持って席を立つ。
「ゴンさんのお知り合いですか? 僕もご一緒してもよろしいですか」
「けんご、男の声にすぐ反応するなよ。ここは、二丁目じゃないんだぞ」
「ってことはお仲間です? ゴンさんの彼氏?」
「んなワケないじゃないッ。出版社仲間よ」
二人組は顔を見合わせた。
「俺以外、出版業なんですね。良かったね、すぐ知り合い見つかって」
「ああ、まぁ、うん」
「まだ付き合いたてなんです」
「えぇ? 亮さん、またナンパしたの?」
「ちょっとぉ! 変な言い方しないでくださいよ!」
「だいたい合ってますよ。でも、どちらかといえば、僕が年下の彼を頼ってしまった、というか」
好奇心がうずく。
「お二人はどうやって知り合われたんですか?」
「けんご! アンタ、いくらフリーだからって!」
「いや、大丈夫ですよ。担当している漫画家からゲイバーを取材してきて欲しいとお願いされて、別の打ち合わせで入ってた
「漫画編集なんですね。俺は文芸編集です」
「ゴンさんは雑誌編集だっけ?」
「そ。亮さん、よく覚えているわねェ。でもねェ、けんご。嘘はよくないと思うわァ」
真面目そうな年上の漫画編集の両目が俺を貫く。
「嘘はついてないですよ。もし良ければ名刺交換なんていかがでしょう」
「すみません! は、はぁ……間違いなく漫画編集のようですね。あれ、でも……砂漠谷出版……ライバル会社みたいです」
「ははは、そうみたいです。
「嫌だな、ライバル会社に探られてるみたい」
「そうよォ、あなた。よぉくけんごさんの苗字を確認しなさいよォ」
「……え、えっ! あ!」
表情がよく変わる人だ。声をかけたくなった気持ちもわかる。
「ちょ、ちょっと
「編集なんて言ってるけど、ゆくゆくは社長さんになるんでしょォ? いやよ、そんな人の彼氏なんて。やってられないわぁ」
「ゴンさん、口説かれたことあるの?」
「ないわ。ま、でもけんごさんも編集やっててひょんなところで出会いがあるかもしれないってことね。良かったじゃなァい」
「初めて入ったお店だけどゴンさんいるならここは無理だなぁ。それにけんごさんでしたっけ。俺の彼氏と仕事のライバルになりそうなんで、帰ろっか」
「あ、うん。プライベートの友達として出会いたかったです。失礼します」
席を立った二人に対し、テーブルに残されたのは常連の二人だ。
「ゴンさんは亮さんのお仕事ご存知なんですか?」
「ゲイバーのDJイベントでダンサーやってるわ」
「は、はぁ……そうなんですか」
「ちょっと! けんごさんもゴンさんも自分の席に戻る!」
グラスを片付けに来た店員に叱られ、ゴンさんをカウンター席の隣に呼んだ。
「けんごさぁ、ちょっとは苗字隠す
「ゴンさんが知り合いに声をかけてたので紹介してもらえたら嬉しいな、って」
「まァーあ? 私のせい?」
「だって、もう二丁目で遊んでる時間持てないんですよ」
「そんなこと言ったってねェ。今、私たちができることはせいぜいあの二人が幸せでいられる時間が長くなることを祈るぐらいじゃない?」
「そしてドリンクをたくさん飲んでお店に貢献してくださいね。けんごさんとゴンさんがお客さんに絡んでロクなことになったためしがない」
グラスを下げ終わった店員がカウンターの内側で嫌みをいう。
「反省してます」
そういってグラスを飲み干した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます