第296話

「やっと進み出したね」






長い渋滞を抜けて快調に車が走り出すと、心が置き去りになりそうだった。


いつもは制限速度を越えて走る道だったけれど、無意識にアクセルを踏む足を緩めてた。





タイムリミットに近づくのを感じる度、どうしようもなく心が疼くんだ。


どんなに平然を装っても。

別れの時を悟った身体は正直に変化を見せる。




口の粘膜は乾いてパサパサ、ハンドルを握る手には余計な汗。

誤魔化す為に煙草を吸っても思うように落ち着けず、次第に口数も減っていた。





渚の様子を気に掛ける余裕もないままに着いたマンションの前。

サイドブレーキを引くと共に漏れた溜息は、運転疲れのせいなんかじゃなかった。



気を抜いた瞬間、無意識に漏れただけ。



渚はきっと察していた。

だけどあえて口にしたのは労いの言葉だった。





「混んでたから疲れたでしょ」






薄情な女だとは思わない。


渚は寂しさを口にしないことでバランスを取ってる。


もし一言でも寂しさを口にしたら止まらないんだろう。





今なら手に取るように分かる渚の胸の内。

それはきっと、同じ目線で同じ痛みを抱えているから。

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