第290話

予想通り店内の人の多さに、手にあったキャップを目元まで深く被る。

渚は外にいろって言ったけど、それはそれでつまんねえし。



誰もかれも買い物に必死で、他人の顔に視線をやる余裕もなさそうで寧ろ好都合。



物珍しいのか、渚はあっちへフラフラ。こっちへフラフラ。

陳列段に並ぶグッズやお菓子を見つけては手に取り、カゴへ投入を繰り返す。



店内を一周した頃、疲れ果てる俺を見て渚は呆れてあからさまな表情を向けてくる。



買い物はマジで苦手なんだって。

これでも頑張ってるほうだと耳打ちすると、不満そうな顔。




「つか、お前買いすぎじゃね。同じもん何個も買って誰に配るんだよ」


「香澄とー、渡瀬さんとー、ミノブ君とー、一世とー、秋緒さんとー、家族とー、自分とー」


「お前と違って皆は何回も来たことあんだから要らねえだろ」




予想外の一言だったらしく、目を大きくしてこっちを見るから思わず噴き出した。





「冗談!買え買え。好きなだけ買ってまき散らせっ」


「萎えた。ジョーが全部戻してきて」




押し付けられたカゴ二つ分に入ってる数を見てゾッとする。

全部戻すとか絶対ない。




「……みんな土産喜ぶと思うけどね」


「今更よね」


「まぁそう言わず、な?」




笑って、拗ねて、見つめ合って。

ただそこにいるだけで満たされる。



俺たちがずっと求めていた平穏な幸せ。

掌から今にも零れ落ちそうなこの時を噛みしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る