第271話

帰宅して顔を洗うと、鏡に映る自分がいつもと違って見えた。


長い旅から戻ったような気分。

疲れが出ているのもあるだろうけれど、それとはまた違う感じ。


化粧を落として少し丸みを帯びた眉と、浮腫みが消えていつもより際立つ涙袋。

どこか穏やかに見えて、そんな自分も悪くなかった。




着替えてリビングに来るよう母に言われてテーブルに座ってみたものの、家族が揃って座ったのは随分昔の話で落ち着かない。



言葉に出来ないこの歯痒さをどう表現すればいいのか。






兄が出て行ってから新調されたテーブルは未だ新品同様の輝かしさを保ち続けている。

私でさえ数えるほどしか座った記憶がないのだから当然といえば当然だった。




ティーカップがテーブルに並べられ、母がローズヒップティーを淹れる。

見慣れない光景に目を擦りたくなったけれど、ふんわり上る温かい湯気が現実味を与えてくれた。





カップを手に取り、ゆっくりと喉に液体を流し込むと身体的な生きた心地が蘇った。




「美味しい……」



たった一言だけのその言葉に母は微笑み、頷いた。



感覚を失っていただけで身体は水分を求めていたみたいだ。

待っていたかのように胃も動き始めたようだ。


当たり前のことなんだけど、自分は壊れていないんだとホッとした。





そしてカップの中が空になった頃、父が話を切り出した。

私のこれからについて話し合おうと。




過去のことは口にせず、まず未来に目を向けた両親。


都合の良い話なのかもしれないけど、率直に嬉しかった。





親の前ではそれなりに良い子をやってきた。


上っ面で演じてたんじゃない。

良い子でいたいって本心がそう振舞わせていた。






自惚れなのかもしれないけれど、自分達が目にしてきた娘を信じてくれたような気がして救われた気がした。

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