第262話
「上手く泳ぎたいって、美味しいとこだけ味わいたいって思うのはいけないことですか?
あなた達みたいに正義を都合よくはき違えた生き方と何が違うのかわからない」
この時の私は確かに目の前にいる人間を見下していた。
誰かを軽蔑した時、こんな感覚を得るのかと初めて触れた感情に戸惑いさえ覚えた。
他人に対して感情を抱くことなく生きてきた。
人を見下すなんて生まれて初めてだったのかもしれない。
その感情が相手に伝わった実感も初めてだった。
苛立つその人を真っ直ぐに見て気づけば言葉を投げていた。
「―――どうして私は捕まらないんですかね」
挑発したつもりなんてなかった。
でも言う必要のない一言だと知っていた。
次の瞬間引きずられるように視界がまわり、同時に鈍い音が頭に響いた。
そこにいた他の刑事が慌てた様子で私を支え起こし、何が起きたのか理解した。
不意打ちで胸元を強く掴まれた勢いで椅子から落ち、その拍子に横にあったデスクの脚に額をぶつけたらしい。
若干鈍い感触の残る額に手を当ててみたけど、そこに痛みなんて無くて。
どうしようもなく込み上げた腹の底からの笑いを堪えていた。
「…―――刑事さん、自分が暴行したって言いますか?
取調べしていた女の子に掴みかかって怪我させたって正直に話す覚悟は?」
一歩踏み込んだ私の言葉に瞳が揺れている。
怖気づいたのか、それとも実は良い人で純粋に罪悪感に駆られたのか。
口を閉ざした彼の唇は微かに震えているように見えた。
「私には―――、上手く泳ごうとすることがあなたが言うように悪いことだとは思えない」
誰だって自分が可愛い。
その程度のありふれた正義なんてクソだ。
「わざわざ公にする必要ないですよ。私と同じように上手く泳いでください」
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