見目麗しきグラトニー②




「気まずかったよねえ」



 口ずさむかのような蕗の言葉は額面通りで、それ以上にもそれ以下にも意味は無い。


 一花の舞台を観た後のことだ。劇場の外で見知った者が集まり、輪を成して立ち話をしていた。修ちゃんの手が隣にいた蕗の背中にさりげなく触れていた。さりげなく。コートの上からとはいえ。修ちゃんの支えなど必要としていないのに。


 そういうところだ。蕗以外は全員が生物学的には野郎おとこであるというこの状況下で蕗の隣に陣取っているところが、もう。修ちゃんは無自覚に女ったらしだ。容姿が秀でていることは誰しもが認めざる得ないことだし自覚しているのは間違いない。その上で、ぶりっことも取れる甘ったれた口調と人懐っこさで男女問わず人を惹きつける悪魔のような魅力を持っていた。




「先週みっちゃんからいかりのDM来たばっかりなのに」



 朝の4時に、と蕗がムスッとする。みっちゃんというのは修ちゃんの彼女のことで、怒ったと言っても蕗にその矛先が向いているわけではなく「ちょっと聞いてよ!」という類のものであったと推測される。余計に迷惑な話であるが、あの二人は何年も前からそんなことばっかりやっている。その度に周りが気を遣わなければならず、主に蕗がこうやって巻き込まれていた。事情を知っているばかりに。


 みっちゃんが怒る理由なんて修ちゃんは考えもしないから解決する日は来ない。いつまで待ったって来ないに決まっている。今日のことだって親切な誰かが見ていて、みっちゃんに通報する可能性がある。修ちゃんの知り合いの人数と言ったら凄まじい。お近づきになりたいと向こうから来てしまう数多の一切を拒まないのだから、その先なんて俺には想像もつかなかった。世界って広いんだな。でも俺は顔も思い出せないような知り合いはいなくていいや。




「みっちゃんがなんか怒ってんのよぉ~くらいにしか思ってねえんだろうな」

「渉くん、それだと語尾が真ちゃんになってる」




 メールですらなくDMで送ってしまっている辺りに、みっちゃんが憤りの余り平常心を保てていないことが伝わってきて生々しい。



 例えばだが、SNSで蕗が「私そのジム行ってるよー」とコメントすれば「じゃあ一緒に通おうよ♡」と修ちゃんは返す。おい、ダメだろ。蕗みたいに受け流すことができず本気にする女子だっているし、修ちゃんのそういう態度が思わせぶりに見えたりもするだろう。そう見えてしまったなら、そりゃあ彼女みっちゃんが嫉妬に狂うのも頷ける。

  

 


「悪い人じゃないけど人の道を外してるよね」



 誰よりも修ちゃんと付き合いの長い一花がそう言うんだもの。




「バッサリ斬ったな」

「一番ダメなやつじゃん。最悪だよ」




 人の道から外れる。


 それだけはしたくないな。どんなことがあっても自分の心に間違えたことはしたくない。修ちゃんに憧れている部分はあるけれど、反面教師として大変優秀な人材だとも思っている。





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