終幕のプレリュード


「いっちゃん」



 三人の姿が見えなくなると蕗が言った。



しゅうちゃん今スカウトのバイトやってんだってよ」

「うわあ、天職だな」

「うわあ、だよな。まったく」



 渉くんもゲンナリに近い、複雑そうな顔をしている。何のスカウトなんてことは聞かないでおくことにしよう。そんなことよりも。どうして二日続けて来ているんだ、二人揃って。




「最初っから今日は観に来る予定だったんだ」

「私もだよ」

 


 もともと今回の公演を各々観に来る予定だったのだと二人とも言った。だから予定を擦り合わせた結果、予定の入っていなかった昨日の公演を一緒に来たのだと。ちょっと何言ってるかわかんない。




「いいだろ別に。二回観たかったんだよ」



 ねえ?と目を合わせて二人が首を傾ける。さすがである、かつて相棒として過ごした者同士。息がピッタリだ。




「なんか駅で渉くんみたいな人がいると思ったんだよ」

「俺も、あの髪の色最近見たなって」

「言ってくれれば良かったのに」

「でも席はバラバラなんでしょ?」




 ねえ?と、やっぱり顔を見合わせる。そんなとこまでかよ。

 


 ちゃんと話さなければならないと思った。話しておきたい。昨日は二人と話すのが楽しくて何も切り出せなかった。どうしても言わなければならないことではないのかもしれない。事後報告でも怒ったりしないのはわかっている。でも二人には聞いておいて欲しいことがあった。




「いっちゃん寒いでしょ」

「そうだよ、戻れ」



 お疲れ、と二人が声を揃える。


 いかんせん時代劇の衣装のまま飛び出して来たので腕時計もスマホも持っていなかった。おまけに胸元も袖口も広く開いているせいか、二人の言う通り夜風が恐ろしく冷たい。



「飯行ける?」



 劇場の外に建てられた時計を見た。ただ柱が立っていて、その先端にある何の変哲も無い丸い時計。小屋入りの日に止まってしまって電池を入れ替えたばかりだから確かな筈だった。今は7時半だ。この劇場には何度も来ているのに夜になると文字盤が光るなんて知らなかった。気にも留めていなかったんだ。




「行こうぜ。でも俺11時からバイトなんだ」

「私も明日仕事だから、遅くならなければ」




「待ってて」




 一時間もせずに出られるだろう。今日を逃してはいけない。三人が揃うのはきっとこれが最後で、次があるとすれば随分と先になってしまうだろう。そんな日は来ないかもしれない。でも長い目で見れば、―――――――きっと、余計に難しくなる。


 ツケが回って来たんだろうな。最近そんなことばかり考えている。これからは親孝行をしなければとか。



「ありがとう」



 最初から今日観に来てくれる予定だったのも、昨日に予定を合わせてくれたのも、明日は千秋楽だから抜けられないことを察してくれたのだとわかる。二人の気遣いには甘えてばかりだ。俺はダメだな。しかも今日は、なんか涙もろい。




「店入ったら連絡するよ」

「うん」



 ることはかたいのだと、今になって知らしめられる。こんなことになってから。でも今なら間に合う。




 この二人と出会えたことを感謝します。誰にかは知らねえけど。











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