中編2
その日。
悠美は、検査棟に呼び出された。
(え、まさか、あの超簡易的な形式だけの検査で異常があった……?)
その場合めちゃくちゃ手遅れなのではなかろうか。
(……もしかして、真那ちゃんが奇病を発症した原因があたしだったりしないよね?)
不安に思いながら、風見のもとに向かう。
「失礼します」
「相模原さん」
「……!」
風見は、珍しく動揺したような表情をしていた。
「あの、私の身体に何か異常が……?」
悠美の問いに、風見はゆるく首を振った。
「いいえ。……あなたは、むしろ異常なくらいに健康です。こんな閉鎖的な場所に追いやられて、それをものともしない」
「そ、そうですか……。じゃあ、一体……?」
風見は深刻な顔で言った。
「三枝真那さんのことです。彼女の身体に、何か異常はありませんでしたか?」
「……」
悠美は黙ったまま頷いた。
真那には様子見すると言ったが、そもそもバレているなら仕方なかろう。
「そうですか」
風見は目を伏せた。想定通りの返答といったところだろう。
「三枝さんは知らないでしょうが……患者達には、精密器具が取り付けられていますので。発症したらすぐ分かるようになっています」
(何それ知らない怖)
悠美は内心ドン引きする。
それを知ってか知らずか、風見はコホンと咳払いをした。
「ですが、流石にどのような症状かまでは本人を直接診ないことには分かりません」
「だったら、早く診てあげてくださいよ!」
思わず声を荒げてしまう。
悠美を落ち着かせるためか、風見はことさらゆっくりと語った。
「……残念ですが、恐らく三枝さんは、自分から症状を話すことはしないでしょう。だから、あなたを呼んだんです」
「……どうして、真那ちゃんは何も話さないんですか」
「……私には、守秘義務があります。が──」
しばし逡巡してから、風見は言葉を選んで言った。
「──三枝さんは、あなたには心を開いています。彼女の治療にあなたの協力は不可欠ですし……教えてしまっても、不可抗力でしょう」
風見は、真っ直ぐに悠美を見据えた。
「三枝さんの持ち物であるあの古いオルゴールは……巷では呪いのオルゴールとも称されているものです」
妙な単語に、悠美は復唱する。
「呪いのオルゴール、ですか?」
「えぇ」
「そんなものを、何で真那ちゃんが」
悠美の問いを、風見は手で制止した。
「順を追って説明しましょう」
風見は、歌うように言葉を紡ぎ始める。
「時は中世。とあるオルゴール職人が、他国に嫁ぐ娘の為に作った10体の不完全なオルゴール」
(……不完全な)
言うまでもなく、あの拙くか細い音色のことだろう。
「オルゴールとしての……つまり音楽を奏でる装置としての出来はともかくとしても、とても精巧な人形の飾りが付けられたそれは、娘亡き後は好事家に買い取られました。その後も多くの人の間を転々として受け継がれていったのです」
悠美は相槌を打つ。
ここまでは、ありふれた話だ。
「しかし……一つ、問題がありました」
間を置いて、風見は言った。
「オルゴールの所有者の中に、ある日突然行方不明になる者が出てきたのです」
悠美は固唾を呑んで続きを待った。
「全員が全員、というわけじゃありません。ですが、偶然にしてはあまりにも数が多すぎた。だから、こういう噂が流れたのです」
風見は声を潜めた。
「そのオルゴールは、とある奇病の感染源、ウイルスなのではないかと」
ここで風見は一度語りを止めた。
悠美に飲み込む時間を与えるためだろう。
「その……奇病の症状というのは?」
「定かではありませんが……まあ、肉体が完全に消滅してしまうとか、周りから認識されなくなるとか、そういった類かと」
「…………?」
悠美は今朝の真那の様子を思い出す。
(……なんか、違くない?)
今朝の真那の様子はまるで──
「……人形化でも、したみたいな……」
ポツリと呟くと、風見は前のめりになった。
「人形化?」
「あ、いえ、何となくですけど」
崩れ落ちた時のガシャンという無機質な音。
動く時のギシギシという軋む音。
あのぎこちない動き方は、まるで操り人形のようだった。
「……何となく、身体が木製にでも変わっていってるんじゃないかって思って……それだけです」
気まずくなって目を逸らしたが、風見は食い入るように見つめたまま言った。
「いえ、貴重な意見をありがとうございます。そう……人形ですか」
風見は深く考え込む。
「……ならば、今までの行方不明事件は、姿を消したのではなく、人形と化していたために誰からも認識されなくなったということですね」
風見は納得したようだったが、悠美は疑問を持たざるを得なかった。
「いや、でもおかしくないですか?オルゴールが原因で人形化するってことは、あの人形飾りと同じ感じ──ものすごく精巧な、本人そっくりな人形になりそうですけど。異常が起きたって分かってるなら、人が人形化したってすぐ気づくんじゃないですか?」
「……」
そこで、風見は何とも言えない複雑そうな表情を浮かべた。
「……ま、まあ、とにかく、これで症状についてはある程度予測がついたわけです。あとは、三枝さんに直接訊くしかないでしょう」
(……)
明らかに話を逸らされた気がする。
「これから三枝さんの所へ行きます。相模原さんには、私と三枝さんの間を取り持ってもらいたいのですが……」
「はい、分かりました」
話を逸らされたのは気に食わないが、真那の危機にそうは言ってられない。
(真那ちゃんを、助けたい)
悠美は、力強く拳を握った。
悠美は、早足で部屋に戻った。
「ただいまー」
そう言いながらドアを開けた瞬間──
「は⁈」
──悠美は勢いよくドアを閉めた。
「……相模原さん?」
悠美はドアノブを押さえつけたまま首を振る。
(な、なんか、い、今、めちゃくちゃヤバいのが見えた気がする)
大勢の人影。
煌びやかな衣装をはためかせて、クルリクルリと舞い踊る。
耳を澄ますと、優雅なワルツの音楽まで聴こえてくる気がする。
「あ、ははは……どうしよう、風見さん。オルゴールの人形飾り達が人間化してるように見えたんだけど……。ついにあたしも精神病んだ?」
乾いた笑い声を上げながら、悠美は空いた手で目をゴシゴシと擦った。
「……確かめましょう」
「え、本気?この中入るの?」
ギョッとする悠美だったが、風見は覚悟の決まった目で言った。
「私は医者ですからね」
悠美は息を呑んだ。
「……すごいな」
「え?」
「……あたしには、そんな確固とした覚悟とか、将来の目標とか、そういうの何もないからさ」
憂いを帯びた目で微笑って、悠美はドアを押し開けた。
ズンチャッチャ ズンチャッチャ……
突如、華やかで美しい音色が耳に飛び込んできて、二人は立ち尽くした。
狭い部屋の中で、11人の男女が入れ替わり立ち替わり、ぶつからないように、されど大胆に、ワルツを舞っている。
(……あ、オルゴールが……)
部屋の隅に寄せられたオルゴールの台座の上には、何も乗っていなかった。
(じゃあ、この人達が……)
青い衣装の彼は伯爵、深い紅のドレスを纏うのは公爵夫人。
そして。
輪の中心で楽しげにステップを踏んでいるのは、真那だ。
(……真那ちゃん、とっても楽しそう)
真那の、あんな満面の笑みは初めて見た。
ふと、こちらに気づいたのであろう真那と視線が交わる。
「あッ、悠美サん。おカエりなさ──」
笑顔を魅せていた真那は、パッと真顔になった。
同時に、ワルツのメロディも途切れる。
「……悠美さン、どうシテ……?」
真那の視線は、風見に釘付けになっている。
「あ、違うの、真那ちゃん。落ち着いて。風見さんは、ただ真那ちゃんとお話しを──」
「ドウシテ‼︎」
甲高い悲鳴に、悠美の耳はキーンとした。思わず顔をしかめる。
「ドウして、どうして話シタンでスか⁉︎様子見するッテ約束、約束しタノニ‼︎」
血走った目で真那は言い募る。
「アァ!ユウミさんハ、私の味方ダト信じテタのに!結局、私のコト裏切るンデスね!もう嫌だ‼︎私ハただ、ヒトリニナリタクナイダケナノニ‼︎」
涙をポロポロと流す真那の背を、黒服の紳士──子爵が撫でる。
他の貴族達も、皆が悠美を睨みつけてくる。
「落ち着いて、真那ちゃん!あたしは、真那ちゃんの敵じゃない!」
必死に訴えるが、真那の心に響いている様子はない。
ふと。
貴族達が一斉に口を開いた。
「寂しいかい?なら、皆で華やかなパーティーを開こう。その方が、ずっと楽しい時を過ごせる」
(……怖い)
声は複数重なり合い反響する。
「……ぱ、パーティー……みんなで、みんなと……楽しいパーティー……」
たどたどしい声に、悠美は思考から現実に引き戻された。
真那は、虚ろな目で何かを視ている。
かと思うと、ふにゃりと笑った。
「……ふふ、そうだね。みんなと一緒なら、寂しい想いなんてしなくて良い。ずっと楽しいままだもの」
その途端。
「「わっ⁉︎」」
カッと眩しい光が辺りを包んだ。
そして。
ガシャン!
ほっそりとした美少女を模した人形が、その場に落ちた。
貴族達も、本来あるべき台座の上に、本来の姿で立っている。
「ま、真那ちゃん……?」
……
返事はない。
「嘘でしょ?ほ、本当に、人形になっちゃうわけ……」
悠美は数歩踏み出して、人形の前に崩れ落ちた。
「た、助けられなかった……真那ちゃんのこと、あ、あたしが殺したんだ……」
その場には、ただ、悠美の嗚咽が響くだけだった。
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