後編

それから数年後。

「……はは、あと、もう少し!」

とあるオルゴール職人が、彼女の工房で高笑いしていた。

目の前に広がるのは、直線上に連結させた10体のオルゴール。

ゼンマイ仕掛けのオルゴールは、10体もあれば一度に全ての音を鳴らすことはできない。

が、それを改造して、一斉に音が鳴り始めるような仕掛けに作り替えたのだった。

「よし、あとは……」

彼女は、脇に置いていた別のオルゴールに手を伸ばす。

台座の上にほっそりとした体躯の美少女が乗っている、美しいオルゴールだ。

「あとはこれも繋げて……」

11体のオルゴールを連結させて、さらに円を描くようにして端と端を繋げる。

「かーんせーい!!!!!!!」

職人こと相模原悠美は、グッと伸びをした。

「は〜、ここまで長かった〜!」

真那が人形化した後、悠美はオルゴール10体と人形1体を全て引き取った。

風見には渋い顔をされたが、真那を治療できるのかと問うと仕方なしといった風に了承した。

一からオルゴールの作り方を学び、中世とそっくり同じ部品を調達して真那用の台座を作り、上手く11体全てを同時に動かす方法を試行錯誤して……

義務教育すら途中で受けられなくなった悠美には、とても難しい作業だった。

それでも、自分の手でやりたかった。

「ようやくだよ、真那ちゃん」

何故オルゴールを連結しようと思い立ったのかというと、話は単純だ。

あのオルゴール達は全てを同時に鳴らすことで初めて一つの曲になるのではないかと思いついたからだ。

あの時真那がステップを踏んでいた、あの軽やかでいて荘厳な曲に。

もしかしたら、それを奏でればもう一度真那と人形達を人間として顕現させられるかもしれない。

その仮説を立証するためだけに、悠美はその時から数年間、全ての時間を費やしてきたのだ。

(……始めよう)

悠美はゴクリと唾を呑み、ゼンマイに手を伸ばした。


キィ……キィ、キィ……


その瞬間。

「……!」

悠美は、社交場に立ち尽くしていた。

鮮やかなホールでは、紳士淑女達が楽しげにワルツに合わせて踊っている。

(何⁈幻覚⁈)

悠美はキョロキョロと辺りを見回す。

と。

「あっ!真那ちゃん‼︎」

年若い少女を見つけて、悠美は慌てて駆け寄った。

「真那ちゃん!ずっと会いたかった!」

そう笑いかけると、少女は後退りした。

「……真那ちゃん?」

「……に……か?」

「え?」

ボソリとした呟きが、聞き取れなくて首を傾げる。

「……わざわざ、会いに来てくれたんですか?」

真那は、目を逸らしつつ続けた。

「私……あんな酷いこと言ったのに……。しかも悠美さん、その外見……何年経ったんですか。どうして私のためにそこまで」

悠美はキョトンとした。


「だって、あたし達、友達でしょ?」


「……」

「友達に会いたいって、当然じゃん」

「…………呆れました」

「えぇっ⁈」

心の底から呆れたといった風に肩を竦める真那。

「お人好しを過ぎて馬鹿なんじゃないかとすら……ふ、ふふ……あははははっ‼︎」

急に笑い出した真那に、悠美はギョッとした。

「えっ、ちょっと真那ちゃん⁉︎」

「あぁ、おかしい‼︎」

目に涙を浮かべる真那。

「何でそんなに笑うの……」

シュンとし始めた悠美に流石に悪いと思ったのか、真那は表情を引き締めた。

「すみません、つい」

真那は深く頭を下げた。

「……悠美さんが来てくれたと思ったら、本当に、私ってば小さなことで悩んでいたんだな、と思いまして」

悠美は首を傾げる。

「小さなこと?」


「私の為に数年浪費してくれるような優しい馬鹿もいるんですから、私の将来も何とかなりそうです」


真那は柔らかく微笑む。

「えぇ……それって貶してる?」

「褒めてますよ」

真那は悠美に手を差し出した。

「Shall we dance?……私と踊ってくれますか、悠美さん」

悠美はパッと花の笑みを浮かべた。

「I'd love to.……楽しもうね、真那ちゃん!」

真那の手を取って踊り出す。

軽やかで荘厳なリズムに酔い、クルリクルリと踊る。

楽しげな笑いが辺りに響いた。



その後。

一曲終わると、二人は周りから盛大な拍手を贈られた。

どこからか、嬉しげな声が聞こえてくる。

「おめでとう、お嬢さん」

「ようやく、孤独から解放されたんだね」

「彼女は、君を大切に想ってくれる友達だ」

「もう君は一人じゃない」

「外の世界へ戻ったとしても、きっと上手くやっていけるよ」

雲行きが怪しくなってきて、真那は咄嗟に声を上げた。

「ま、待って!居なくならないで‼︎」

「今まで、大切にしてくれてありがとう」

「さようなら、最後の主よ」

「君に、幸多からんことを」

カッと、強い光が二人の視界を白く塗りつぶした。



真那は、ゆっくりと目を開いた。

「こ、ここは……?」

「……あたしの工房。ここでオルゴール作ってるんだけど……」

チラリと作業机の上を見て悠美は言う。

「……一番の大作は、跡形もなく消えちゃったみたいだね」

作業机の上には、何も残っていなかった。

「そんな……」

自分目線でも、とても情けない声だったと思う。

真那を励ますためか、悠美は明るい声を出した。

「……さて、真那ちゃん。今日からあたしの弟子になる?」

「……え?」

「どうせ行くアテはないでしょ?あたしが真那ちゃんを引き取ったげる」

ニンマリとした笑いに釣られ、真那も微かに笑いを浮かべた。

「そう……ですね!悠美さんが一緒なら、何だってできそうです!」

大切な友達が、心から想ってくれる人がいる。

それだけで、救われる気持ちがした。




「あら、素敵なオルゴール」

とある女性が、棚に並んだ10体のオルゴールを見て微笑んだ。

「ねえ、このオルゴールなんてどうかしら?」

「10体も?流石に多過ぎないかい……?」

傍らに立っていた男性は引き攣った顔で苦笑する。

そこに、ある老人が近づいた。

「おや、それに目をつけるとはお目が高い」

「店主さん」

どこかエキゾチックな雰囲気の店主は、人が良さそうな顔で言った。

「それはうんと昔、とあるオルゴール職人が作ったものだよ。他国に嫁ぐ娘のためにこしらえたんだ」

「へぇ……やっぱり、私達の子にもちょうどいいんじゃない?」

女性は目をキラキラとさせて言う。

「おや、お子さんがいるのかい?」

「はい!……ここに」

女性が腹に手を当てると、男性の方がたしなめた。

「こら、そんな周りに言いふらすことじゃないだろ」

「いやいや、おめでたいことです。せっかくです、そのオルゴール、ただでお渡ししますよ」

「いいんですか⁉︎」

店主はにっこり微笑んだ。

「えぇ、何せ、そのオルゴールはですから」

「特別製?」

店主は目を細める。

「そのオルゴールは、10体全てを同時に鳴らすことで初めて一つの曲を奏でます」

男性は眉をひそめた。

「それ、オルゴールとしてどうなんですか。一人じゃ鳴らせないでしょう?」

「……きっと、友達を作って欲しかったんですよ。寂しさを紛らわせられるような、一緒にダンスを踊れるような、そういう関係の友達を──」

店主は苦笑する。

「尤も、オルゴールをもらった娘は、オルゴールを友達だと思って肌身離さず持っていたらしいですけどね。結局、孤独なまま死んでいった……」

言葉尻は掠れてしまっていた。

「……じゃあやっぱり、このオルゴール、私達が引き取っても良いですか?」

「ちょ、勝手に──」

「だめ?」

「……駄目じゃない、けど」

「じゃあ決まりね」

女性はにっこり笑った。

店主も釣られて微笑む。

「お買い上げ、ありがとうございます。貴方達に、貴方達のお子さんに、幸多からんことを」

彼は深く頭を下げた。

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