第18話 共に紀州へ
爽やかな秋の空に冷たい風が感じられるようになった頃、数馬たちは
二人の
また、
こうして恩を受けた人々に見送られながら、浅草から小舟で大川を下り品川沖に停泊中の大型船に乗り込んだ。
「わたくしは幸せ者ですね」
甲板から
「武家の作法を学んだら、まことに姫様として生きるのですか」
数馬もまた沖に目をやったまま訊いた。
「わかりませぬ。どう生きるべきかこの旅が教えてくれそうな気がいたします」
それ以上の答えを今の吉乃から引き出すことはできぬと、数馬は口をつぐんでその話題を
数馬の思った通り、満江は道太郎と同日に亡くなっていたのだ。
帰郷してもそこに母の姿がないと思うと、数馬は
数馬も返信の書状にて父の最後の様子と
(
いつの間にか船は
そして同じ品川には
茅野は南品川の村に住む『
そこは数馬が助太刀をした橋本兄妹の
改行は自らを『
浪人たちは天一坊が大名の
ところがその
「天一坊様、わたくしはもうお一人ご落胤様がいらっしゃるのを存じております」
茅野が唇の端に笑みを浮かべながら告げると、天一坊はぎょっと目を開くと
「何、そのような者がおるのか」
「ある方の
天一坊は少し考えてから、
「上様は落胤が二人いることをご承知か」
と訊いた。茅野は唇の端に笑みを含ませて首を横に振った。
「刺客に追われて江戸に着いてからは人目につかぬように隠れていたようです。調べたところ上様との対面話もわれらをおびき出すための
茅野がそう告げると、天一坊は安心したように頷いた。
「されば早々に
天一坊が答えると茅野の目が
「わたくしに腕の立つ者を三人ほどお貸しください。必ずや天一坊様の不安の種を取り除いてごらんに入れます」
茅野は思わぬところで出世の糸口を掴んだとほくそ笑んだ。
数馬と吉乃を乗せた船は途中の
「あの山を越えると
吉乃は
数馬は気付いた。吉乃が突然武家の
それならば数馬は待つしかないと思った。上様にお
二人は和歌山の港で下船し城下を歩いた。
数馬にとっては一年ぶりであったが懐かしさなど
人々から
今、
加納久通は和歌山藩士として生きる道を示してくれたが、数馬は再び江戸に戻ってこのまま加納に仕えたいと思った。
城下を
「数馬さんはこの長い道のりを幼い頃から歩かれたのですか」
「はい、四歳からです。子供の足取りではなかなか辿り着けず、帰路は常に
吉乃の目の先には、小さな笠を
背に夕日を浴びながらひたすら坂を上るその小さな後ろ姿を想像し涙が
数馬はそんな吉乃の目を見て、吉乃の言いたいことがわかった。
「吉乃さん、もうご自身を責めるのはやめましょう。確かに幼い時は辛い道でしたが、わたしを強く
数馬が明るい表情で言うと、
「わかりました、もう過去を
吉乃も微笑みを返した。
伯父の家では慶次郎と
慶次郎は数馬一人の帰郷と思っていたが、共に旅をして来た吉乃を見て驚いた。
「
慶次郎とみねは慌ててひれ伏すと、とうに道太郎への疑いもない今では「うんうん」と、何度も
「密命で動いていることは存じておりましたが、まさかこれほどの
「母は昨年の春、胸の病にて亡くなりました。その四十九日法要を終えてから道太郎様と江戸へ下ったのです」
吉乃の説明に慶次郎は再び頭を下げると、
「それはご
と、優しい口調で言った。
「お心遣いかたじけのうございます。されど悲しみはお互い様のこと、満江様こそ残念にございました」
そこで数馬は慶次郎に確認したかったことを思いだした。
「ところで伯父上、父上は亡くなる
慶次郎は暫く考えて、
「それはいつのことだ。正確な時を教えてくれ」
「八月二十六日の早朝、空が白み始めた頃でした」
数馬が答えると慶次郎は
「そのようなことがあるものなんだなあ。数馬よ、満江もまた同じ時刻に
数馬は涙を流した。悲しい涙ではない、それは喜びの涙だった。
過酷なさだめによって引き裂かれた両親がようやくその願いを叶えて共に旅立ったのだ。
その場にいる者は皆同じ気持であった。
その日は伯父の家に泊まることになった。
数馬がみねを心配して台所へ行って見ると、案の定みねは首をひねって考え込んでいる。
「おみね、案ずることはない。吉乃様は
そう告げるとみねは
「それなら村には村の美味しい食べ物が沢山ありますよ」
と、元気になった。
「おみねは母上が亡くなって、これからどうするつもりだ」
「わたしは慶次郎様がいつまでも
数馬が江戸に行ってからの一年間で慶次郎とみねがより親しくなったように感じた。独身を通してきた慶次郎にとっては、それも良いかなと数馬は思った。そしてそこにも母の
翌朝、慶次郎は
みかん畑の丘の上は平らな墓地になっており、母と並んで父の
「わしは武士を捨てた身だ。いまさら先祖の
慶次郎は土を掘りながら数馬に
「何を申されますか伯父上。わたしも
数馬は城下に向いた墓標を見ながら笑顔で答えた。
手向けた線香から立ち上る二本の煙は
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