第14話 仇討ち成就

 梅雨つゆ明けと同時に晴れた日が続き、決行の日も青空が広がっている。

 汗ばむような午後にもかかわらず亀石は二人の仲間と共に酒を飲んでいた。

 源之助は一人で店内に入ると亀石に声を掛けた。

元佐倉藩士もとさくらはんし亀石重兵衛殿とお見受みうけいたす。それがしはおぬしの闇討やみうちにあって命を落とした橋本源太夫が嫡男ちゃくなん、橋本源之助である。藩より仇討ちの許可を得ておる。尋常じんじょうに立ち合いを願いたい」

 亀石は一瞬驚いたが、こらえきれずに大声で笑った。

「わしと勝負だと、どの口が言うか。おぬしのようなそろばんざむらいがわしに勝てると思うのか」

「妹の瑞江みずえも一緒だ。とにかく港の広場に来てもらおう」

 亀石はさがし当てたことにあきれて、酒の余興代よきょうがわりに立ち合うことにした。

 店を出るとついて来た二人の浪人に数馬が近づいた。

「おぬしたちは此処ここで帰ってもらおう」

「何者だ、邪魔をするとおぬしから血祭ちまつりに上げるぞ」

 数馬は少しもひるまず、

「わたしは見聞役けんぶんやくだ。この仇討ちは赦免状しゃめんじょうが出ておるしご公儀こうぎも許可しておる。されば結果を届けなければならぬが、おぬしたちが関わるとなると信奉しんぽうする天一坊てんいちぼう様までも代官所だいかんしょへ呼ばれることとなるがよろしいか」

 と、おだやかな顔で告げた。

 二人の浪人は狼狽うろたえて「わしらとは関わりのないことだ」と、取りつくろってその場から去って行った。


 広場には瑞江がたすき鉢巻はちまきの姿で薙刀なぎなたを立てて待っていた。薙刀のげるようになっていて此度こたびは本来の長さだ。

「わたしは紀州浪人きしゅうろうにん香月数馬と申す。によって助太刀すけだちをいたす」

 数馬が割って入ると、源之助も素早くたすきを掛けた。

「返り討ちにあっても恨みっこなしだぞ」

 亀石は笑みを浮かべて刀をゆっくり抜き正眼せいがんに構えた。

 瑞江は今一度数馬からの指導を思い出して心をしずめた。


「剣術は足元を固め大地を踏みしめてこそするど太刀筋たちすじを得られます。その足元を払う薙刀は有利と考えてください」

 数馬に言われるがままに瑞江は数馬の足元をはらう。すると数馬は片足を上げて木刀で薙刀をね上げた。

「長い薙刀の敵を斬るためにはこのように薙刀を跳ね返して近づくしかありませぬ。亀石の薙刀を払う刀はわたしが受け止めます」

 瑞江は数馬との呼吸を合わせるため何度も稽古けいこをしたのだった。


 数馬が亀石の正面で下段に構えると、それを合図に瑞江が横から足首をねらって薙刀を振った。

 亀石は薙刀が届かぬところまで横に動いて構えなおす。瑞江がさらに追って薙刀をり出す。亀石が反撃するため薙刀を跳ね返そうと刀を振るうと今度は数馬が待っていてその刀を受ける。すると足にせまる薙刀の刃をかわすためにあわてて足を上げる。

 何度かその状態を繰り返すうち亀石はれてきた。

 亀石は一気に形勢けいせいを逆転するべく瑞江の打ち込みに合わせて跳躍ちょうやくした。空中で上段から瑞江の脳天のうてんめがけて打ち下ろすと、数馬も跳躍してその刀を受けていた。

 その瞬間、瑞江は飛び上がった亀石の両足首を薙刀のやいばで払うとけんち切った。

 着地と同時に悲鳴ひめいを上げて転がった亀石の刀を持つ右手首を踏みつけると数馬が叫んだ。

「今だ!」

 はじかれたように走って来た源之助は倒れた亀石の胸を突き刺した。

 亀石が絶命ぜつめいすると三人は立ち上がった。

見事みごと本懐を遂げられましたな、おめでとうございます」

 数馬が兄妹をねぎらって言うと、いつの間にか集まった見物人が拍手と喝采かっさいを送った。

「すべては香月殿のおかげでござる。貴殿きでんへの恩、生涯しょうがい忘れませぬ」

 源之助に続いて瑞江も、

「香月様のご指導がなかったらとても勝てませんでした。感謝申し上げます」

 深々と頭を下げた。

「実際に戦ったのはあなた方です。それにしても瑞江殿はお強い」

「わたくしをおめになる時はいつも薙刀の腕ばかりですね」

 瑞江が皮肉たっぷりに言うと「申し訳ない」と数馬が首筋をいた。

 そこには暑さを忘れて清々すがすがしさに包まれたそれぞれの笑顔があった。


 仇討ちを成就じょうじゅさせた三人は駆け付けた代官所の役人によりその場で連行れんこうされた。

「仇討ち赦免状は確認したが、討たれた者が亀石重兵衛であるとどう証明いたす所存しょぞんか」

 代官みずからの詮議せんぎであった。

「それはわたくし香月数馬が確認済みでございます」

 数馬が進み出た。

「そなたは何者だ、そなたごときが何を証明するというのだ」

「わたくしはによって助太刀を買って出ましたが、作法さほうにのっとり一太刀も傷を負わせてはおりませぬ。わたくしの素性すじょうについては小太刀をご覧ください」

 代官はすぐに数馬の小太刀を持ってこさせた。

「まずは鯉口こいぐちを切ってはばきをご覧ください」

 代官は言われたように鎺を見て「これは」と、目を丸くした。

「はい、紀州徳川家の家紋です。この小太刀は上様がまだ紀州和歌山藩主であられた時に当家がたまわったものです。わたくしは今も上様おそば用取次ようとりつぎ加納久通かのうひさみち様のご用で動いております」

 代官は慌てて三人を座敷に上げると、

「これはご無礼つかまつりました。亀石重兵衛であることが証明されました。早速仇討ち証明書を発行いたしますゆえ茶でも召し上がってお待ちくだされ」

 代官の態度の急変には驚かされたが、便宜べんぎはかってくれたことに感謝し代官所を後にした。


 亀石の遺体いたい供養くようを代官所に任せると、宿に戻る道すがら数馬は二人からただならぬ視線を受け続けた。

「もうわかりましたよ、すべて白状はくじょういたします。そもそもあなた方が江戸に着いてすぐにおそわれたのは夜盗やとうではなく刺客だったのです」

 数馬は己の素性や吉乃との関わりを明かした。

「何と……、吉乃様が御落胤ごらくいん……」

 源之助は顔色を変え、瑞江は開いた口を手でふさいだ。

「刺客は吉乃様の顔を知りませぬ。それで江戸入りした父娘を手当たり次第にあやめていたのです。わたしが仇討ちに手を貸したのも、私闘しとうに巻き込んだ罪滅つみほろぼしの気持ちあってのことでした。黙っていて申し訳ありませぬ」

「とんでもござらぬ。こちらこそ香月殿の大事なお役目のさまたげとなってしまいました」

 いつの間にか日が傾き宿に着いた時には街には明かりがともっていた。

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