第13話 仇の行方

 家に帰ったと惣衛門は双方そうほうびる形となって和解わかいした。

 惣衛門はちよの両親を奪ってしまったことを詫び、ちよは惣衛門の愛情に答えなかったことを詫びた。

 翌朝、惣衛門はちよと善造をともなって清水屋の菩提寺ぼだいじに行った。

 先祖の墓のとなりには磯辺屋夫婦の墓が建てられていた。

「おちよ、おまえのご両親だよ」

 惣衛門はそう言うと自ら花と線香を手向たむけ、ちよと善造も墓前ぼぜんさそった。

「火事の翌日も現場へ行って、わたしは骨を拾い集めた。お役人の許可を得て持ち帰って埋葬まいそうしたんだ」

 手を合わせるちよの背中に向かって説明をした。そして立ち上がるちよに惣衛門は袱紗ふくさに包んだ銀のかんざしを手渡した。

「わたしはおまえのために何か形見かたみになるものはないかと探したら、簪のたまの部分だけ見つけることができた。これはいつか渡せる時が来ると思ってこしらえておいたのだよ」

 ちよは簪を見つめ、紅い珊瑚さんごの珠に母のぬくもりを感じて涙した。

 惣衛門は帰りに善吉を見舞った。

「善吉、長い間わたしの苦しみに付き合わせてしまったな。すまなかった。でも今こうしてわかり合える親子となれたよ」

「旦那様、本当にようございました。これで喜んであの世へ行けます」

 涙を浮かべる善吉に惣衛門は顔を左右に振った。

「それはまだ早いよ善吉。縁談話えんだんばなしは断ることに決めた。わたしは善造を婿むこむかえて清水屋をいでもらうことにした」

 善吉を始め、ちよと善造も驚いて惣衛門の顔を見た。

「それではお父様、わたしたちは夫婦めおとになってもいいのね」

「勿論だよ、清水屋にとっても善造を除いてまかせられる者はいない」

 善吉はさらなる喜びに布団から手を出して力の限り合掌した。惣衛門はその手を握ると、

「だからおまえは孫の祝言しゅうげんまで生きないとな」

 そう言って善吉を励ました。

 しかし善吉は祝言には間に合わず、ちよの白無垢しろむくが出来上がる頃に静かに息を引き取ったのである。


 話は戻って、数馬と吉乃が清水屋を訪ねた時、惣衛門たちは墓参りに行っていて留守であった。

 数馬はどうしても確認したいことがあったため帰るまで待つことにした。

 大川の舟着き場でゆるやかな流れをながめながら、

「おちよさんと善造さんは夫婦になれるのかしら」

 吉乃がぽつんと言った。

 ちよの生い立ちを知った吉乃は、なおさらちよの恋が成就じょうじゅすることを願った。それは己の心をたくしているようでもあった。

 水にうつる白い雲が川の流れにさからってゆっくりと上って行く。

(わたくしは何に逆らおうとしているのかしら)

 吉乃は己がほっしているものの形は見えずとも、胸にある想いだけははっきりと見えていた。

 その時、水面すれすれにつばめすべるように飛来ひらいし舟着き場の位置で急上昇した。

 はっとして顔を上げると、数馬の悲し気なひとみが見つめていた。吉乃は数馬の胸の内も見えた気がした。


 惣衛門が帰って来た。その後ろから歩いて来るちよと善造の晴々とした顔があった。

 それだけですべてがわかり、吉乃は駆け寄って二人を祝福しゅくふくした。

 座敷に上がるとすぐに数馬がたずねた。

「昨日、おちよさんが護衛ごえいの浪人を亀石かめいしと呼ぶのを聴いたのだが名を教えてもらいたい」

「はい、亀石重兵衛じゅうべえというお名前でございます。お役人様、亀石様がどうかされましたか」

 惣衛門はとがめられている思いでき返した。

「亀石重兵衛を父親のかたきとして捜している者がおる。既に仇討あだう赦免状しゃめんじょうも出ているのだ。こちらで用心棒として雇われていると思うが、本人に会って確認したい」

「それが……おちよがもう用心棒は必要ないというものですから今月の給金を先渡さきわたしにしてめてもらいました」

 惣衛門がすまなそうに言った。

「では今は何処どこにいるかご存知か」

「多分、品川しながわに戻られたと思います。何でも品川に腕の立つ浪人さんたちが集まる場所があって、そこから清水屋の連絡所に売り込みに来たのでございます」

 何やらあやしげな話に数馬はまゆをしかめた。


 亀石重兵衛の情報は数馬によって橋本兄妹に知らされた。江戸に着いて早々の朗報ろうほうに二人は喜ぶと同時に早速さっそく仇討ちの段取だんどりを話し合った。

「まずは品川に宿を取り、亀石の動向どうこうを探りましょう。亀石の周りには手練てだれた浪人者がいるようですから注意が必要です」

 数馬は浪人どもが助太刀すけだちに回ったら勝ち目はないと考えた。

(亀石から周囲の浪人どもをはなす手立てをらねばなるまい。仇討ちはそれからだ)

 興奮気味の数馬はその夜なかなか寝付けなかった。



 夜明けと共に長屋を出立しゅったつした数馬たち一行が品川宿しながわじゅくに着いた時、早朝といえど街は活気にあふれていた。

 宿をはらって東海道とうかいどうのぼる旅人、仕事に向かう職人たち、商人は店前の通りをきよめたり品物を陳列ちんれつしている。

「それでは港の方へ行ってみましょう」

 数馬が言うと、喧騒けんそうに心を奪われていた源之助と瑞江も我に返って後に続いた。

 港のうどん屋で朝餉あさげを取った後、惣衛門から聞いていた廻船問屋清水屋の連絡所を訪ねた。

 数馬が声を掛けると、積み荷の指示をしていた番頭が別の者と交代こうたいをして近づいて来た。

「惣衛門殿にうかがって参った。わたしは同心香月数馬と申す。忙しいところすまぬが、こちらで雇い入れた亀石重兵衛なる浪人が他の浪人たちと集まる場所があると聴いたがご存知かな」

 数馬の問いに番頭は上目づかいに目を左右に動かして思い起こすと、

「ああ、あの用心棒を売り込みに来た浪人さんですか。あの人は確かここから南の方にある山伏やまぶしの家にいますよ」

 そう言って、道順みちじゅんを身振り手振りで説明した。


 山伏の家はすぐにわかった。偶然にも街はずれの道を行く二人組の浪人を見つけて後を追うと目当ての家に入ったからだ。

 数馬たちは一旦宿場に戻り、宿を取ると旅支度たびじたくいてから再びその家を見張った。

 しばらくして源之助と瑞江は家から出て来た亀石重兵衛の顔を確認し後を付けた。亀石は街の一膳いちぜんめし屋に入って酒を注文した。

 清水屋から余分に手当てを受け取ったことで金には困っていないようだ。

 数馬は浪人をよそおって別の浪人に声を掛けた。

「お尋ね申すが、近くに浪人をやとってくれる山伏がおると聴いたが確かかな」

「雇っている訳ではない」

 浪人は不機嫌な顔で答えた。

「だが浪人が集まっていると聞いたが」

「おぬしは何もわかっておらぬな、我らはお役に立ちたくて自ら天一坊てんいちぼう様のもとに集まっておるのだ。給金きゅうきんを求めるならば他を当たることだな」

 浪人は益々ますます機嫌が悪くなった。

 天一坊という山伏はどれほどすぐれた霊力れいりょくを持っているのだろうかと数馬は首をかしげた。


 その夜、宿では仇討ちの手順について話し合っていた。

「めし屋のおやじによると亀石は連日れんじつ酒を飲みに来るそうです。ただ一人の時もあれば三人の時もあるそうです」

 剣術の心得がない源之助は恐怖が顔に出ていた。

「亀石を一人にする手立てだてがありますのでお任せください。それから亀石の動きをふうじるまで源之助殿は手出し無用です。最後の一太刀ひとたちだけに集中してください」

 数馬が源之助を安心させると、

「香月様のお力をお借りして何とか本懐ほんかいげましょう、兄上」

 瑞江も力強く言った。

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