第8話 未来を知りすぎて逆に不安になる男

未来見太郎を開発してからというもの、俺は未来を予測しすぎるあまり、日常のすべてが不安になってきた。


「見太郎、俺が明日公園に行ったら何が起こる?」

『午前10時30分、あなたは公園のベンチに座ります。すると、隣にいたおじさんが突然「この国はもう終わりだ」と話しかけてきます。その結果、あなたは1時間半にわたる《おじさんの日本経済論》を聞くことになります。』

「うわあああ! 俺、散歩しに行っただけなのに‼」


聞いた瞬間、公園に行く気がガクッと削がれる。何気なくベンチで休憩しただけで知らんおじさんの社会論を聞かされるリスクを負いたくない。だが、見太郎はこう続けた。


『回避策としては、午前11時に行くことで、そのおじさんがコンビニに行った後のタイミングでベンチを確保できます。』

「そ、それなら大丈夫そうだな……」


俺は慎重に時間を調整し、11時ジャストに公園へ向かった。だが——。


ベンチに座り、ようやく落ち着こうとしたその瞬間—— 「君、若いねえ。年金ってどう思う?」

俺の肩をポンと叩く別のおじさんが現れた。

「ちょっ、誰⁉ さっきの人と違うやつ‼」

『申し訳ありません。そのおじさんは本来9時45分に公園に来る予定でしたが、朝の健康体操に夢中になった結果、遅れて到着しました。』

「新手のトラップ発動してるうううう‼」


結局、俺は新たなおじさんの「年金制度は持続可能なのか?」という壮大な議論に巻き込まれ、公園のベンチで知らんおじさんと社会問題を語り合うハメになった。未来予測ができても、回避した先で別の罠が発動するのでは意味がない。


未来を知ることは便利だと思っていたが、最近はむしろ精神的負担のほうがデカい気がする。「この予測が本当に当たったらどうしよう……」というプレッシャーが、行動を鈍らせるのだ。


「見太郎、俺の明日の運勢を教えてくれ。」

『午前9時30分、あなたは家を出るが、エレベーターが点検中で使えません。仕方なく階段を使うと、途中で登校中の小学生の集団と鉢合わせします。その結果、なぜか彼らの間で「マンションの階段に住みつく謎の大学生」として噂になり、翌週から《深夜2時に研究してそうな男》という異名で語り継がれます。運勢は最悪です。』


 たしかに、俺の部屋は5階にある。しかし、そんな未来予測をされたら、明日家を出るのが怖くなる。

「じゃあ、9時25分に出ればいいんじゃね?」

『その場合、小学生と遭遇する確率はほぼ0%ですが、代わりにマンションの管理人と鉢合わせし、「ちょっと自治会の手伝いを……」と捕まる確率が95%に上昇します。』

「それも嫌だああああ‼」


まるで運命が「お前は逃げられん」と言わんばかりに、新たな選択肢を叩きつけてくる。知れば知るほど選択肢がなくなる未来予測AI……。俺の未来、詰んでない?

 まるで運命が俺の行動に合わせて《何か》を仕掛けてくるかのようだ。結局、どんな選択をしても未来が怖い。何をしても不幸が待ち受けているかもしれないと考えるだけで、気持ちが萎えてしまう。


「こうなったら、俺が今日一日何もしなかったらどうなる?」

 半ばヤケクソになって、最終兵器ともいえる《何もしない》選択を見太郎に問う。結果は驚くほど地味な不幸の連続だった。


『午前10時、ベッドの上でゴロゴロする。午後12時、昼飯を食べるが、汁をこぼしてシャツを汚す。午後15時、テレビを見ていたらリモコンが手から滑り落ち、床に激突して電池が飛び出す。午後18時、風呂場でシャンプーを取ろうとした際に、ボトルが足に直撃する。』

「何もしなくても地味に不幸が起こるのかよ‼」


 部屋で静かに過ごしているだけなのに、なぜこんなにトラブルが発生するのか。しかも内容がいちいち地味でイラつく。未来が見えすぎることで、逆に何をしても不安が消えないという悪循環に陥ってしまったようだ。

『あなたの未来は常に変動しています。予測はあくまで確率的なものです。』

「そんなこと言われても、毎日が不安なんだよ‼」

 見太郎はあくまで冷静に「確率論ですから」と言うが、実際に予測を聞かされる側はたまったものではない。もしかしたら回避できるかもと思うのに、結果的には別の形で不幸が襲ってくるのだ。


 結局、未来を知れば知るほど、俺の不安は募ってしまった。日常の些細な行動一つにも警戒心が生まれ、「どうせ何をしても悪い結果が出るのでは」と身構えてしまうからだ。これではとても安心して動けるものではない。

「これじゃあ、何をしても未来を恐れて動けなくなる……」


 見太郎の予測を参考にしていたはずなのに、いつの間にか完全にそれに振り回されている。もともとは「もっと便利に生活できる!」と思っていたのに、結果として《心の自由》を奪われているような感覚だ。

『未来を予測することは、より良い選択をするためのツールであって、あなたの行動を制限するものではありません。』

「うっ……お前、たまにまともなこと言うよな……」


 確かに、未来を知りたいと思ったのは自分自身。予測を活用するのも自分次第。しかし、あまりに予測を重視しすぎてしまうと、本来やりたいことや楽しみまで失いかねない。俺はそのジレンマに苦しんでいた。

「よし! 未来は参考程度にして、あとは自分で決める!」

『その決断に至る確率、92%。』

「なんで最初からわかってたなら言わねえんだよ‼」


 見太郎の予測どおり、結局参考程度にとどめるのが最も健全な使い方なのかもしれない。それでも《一度知った未来》を忘れられない自分がいる以上、簡単に割り切れない部分もあるのだが……。

 こうして俺は、未来を知りすぎたせいで極度の不安を抱える日々から脱却することを決意した。未来予測に振り回されるのではなく、自分の感覚や直感も大事にしながら生きていこうと思う。

 しかし、この決意がまた新たな問題を引き起こすことになるのだった——。まだまだ、未来予測AIとの闘い(?)は終わりそうにない。

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