第4話 恋愛もAI任せ? 初デートシミュレーション
「見太郎、俺に1カ月以内に彼女ができる確率は?」
『現在の確率は1.2%です。』
「少なっ‼」
俺は思わず絶句した。確かに今の俺は、研究室に引きこもりがちで、ファッションにも無頓着。そんな人間が恋愛で勝ち組になるなど、虫のいい話かもしれないが……それにしても1.2%とは、あまりにも低すぎる数字ではないか。まるで世の中すべてが俺に「彼女は諦めろ」と言っているようなものだ。
これでは人生イージーモードどころか、ノーマルモードにすら到達できていない。もはやハードモード、いや、ベリーハードモードかもしれない。自分でも「そりゃそうだよな……」と思いつつも、数値を突きつけられるとショックが大きい。
『しかし、特定の条件を満たせば確率を40%以上に引き上げることが可能です。』
「マジか⁉ どうすればいいんだ?」
その言葉に希望が灯る。1.2%が40%以上になるなら、まだ望みはあるはず。俺は思わず身を乗り出して見太郎の答えを待つ。
『適切なファッション、会話のスキル向上、清潔感の維持が重要です。また、相性の良い人物と接触することで成功確率が上がります。』
「……つまり?」
『あなたはまず服を買い替え、髪を整え、正しい話し方を学ぶべきです。』
「そんな根本的なところからか……」
見太郎の指示は、ある意味で当たり前すぎるものだった。だが《未来予測AI》に言われると、その当たり前が重みを増す。というか、むしろそれが最も難しいのだ。俺はずっと「中身さえ良ければ服装なんてどうでもいい」と考えていたが、やはり世の中そんなに甘くはないらしい。
見太郎の指示に従い、まずはファッションの改善から着手することにした。そもそも俺のクローゼットは黒やグレーのTシャツ、チェックシャツ、ジーンズがメイン。色味も無難かつ地味で、女性にウケる要素がまるで見当たらない。
「おすすめの服装を教えてくれ。」
『データによると、シンプルなカジュアルコーデが最も女性ウケが良い傾向にあります。あなたには、無難な白シャツと黒のスキニーパンツが適しています。』
AIがデータを分析して《女性ウケ最強》のスタイルを選んでいるのだろう。
そこで俺は、そのままショッピングモールへ向かった。服屋に入り、白シャツと黒のスキニーパンツを探す。普段なら「これだとサイズ感が分からないし、試着も面倒だから適当にSサイズかMサイズでいいや」となりがちだが、今日はちゃんと試着室に入り、自分の体形に合うかチェックしてみる。見太郎が「サイズが合わないと清潔感が損なわれます」と言うのだから、従うしかない。
「おお……なんかそれっぽくなった気がする!」
鏡に映った自分は、いつものヨレヨレTシャツ&ジーンズ姿とはまるで違う人間のようだ。白シャツが眩しいし、黒スキニーで脚が細く見える(気がする)。確かに、このくらいのレベルなら《そこそこオシャレな人》と認識してもらえるかもしれない。
『見た目の印象は向上しました。しかし、髪型の調整が必要です。』
「お、おう……」
さらなる追い打ちに半ばビクつきつつ、美容室へ向かう。ここ数年は基本セルフカットか安い床屋で済ませてきたが、見太郎曰く「プロの手でスタイリングされることが最適」とのこと。たしかに髪がボサボサでは印象が台無しだ。
人生で数えるほどしか行ったことのないオシャレ美容室のドアを開けると、店員さんが優しく迎え入れてくれた。椅子に座ると店員さんが「今日はどんな感じにしますか?」と尋ねてくる。俺が曖昧に「清潔感ある感じで」とオーダーすると、店員は頷きながら慣れた手つきでハサミを動かし始めた。目の前にはオシャレ雑誌が並べられていた。雑談が苦手で内心ビクビクしていたが、相手はプロ、何も言わなくても和やかに対応してくれる。
美容師「お仕事は何をされてるんですか?」
俺「大学院生です。AIの研究をしています。」
美容師「AIって、最近流行りですよね! どんなAIを?」
俺「今のAIは開発中なので言えないのですが、一つ前は人間の空気を読むAIを作ってました。」
美容師「え、すごい! それが実用化されたら、人間関係めっちゃ円滑になりそうですね!」
俺「そう思うでしょ? でもバグがひどくて……」
美容師「バグ?」
俺「空気を読みすぎて、全く発言しないAIになっちゃったんです。」
美容師「えっ?」
俺「例えば、会議中に『今、発言すべきですか?』って聞いたら、AIが『……今は空気的に微妙ですね』って言うんですよ。」
美容師「まぁ、空気読んでるって言えば読んでますね。」
俺「で、『じゃあ、いつ話せばいい?』って聞くと、AIが『……いやぁ、今の流れ、ちょっと厳しいですね』って答えるんです。」
美容師「結局ずっと黙ってるやん‼!」
俺「そうなんですよ。結局、何時間待っても『今はちょっと…』って言い続けるだけのAIになって。」
美容師「それ、ただのコミュ障AIでは?」
俺「そうです。だから、改善しようとしたんですけど……今度は真逆になっちゃって。」
美容師「逆?」
俺「空気を一切読まずに、どんな場面でも《とにかく会話をぶち込むAI》になっちゃったんですよ。」
美容師「どういうこと?」
俺「例えば、友達が『ちょっと真面目な話なんだけど……』って言いかけた瞬間、AIが『そんなことより聞いてください! 私、昨日バナナを3本も食べました!』って割り込んでくるんです。」
美容師「ダメだこいつ、絶対場を崩すやつ‼!」
俺「お葬式の静寂の中で、『ところで皆さん、最近面白い映画見ました?』って言い出したときは流石に電源切りました。」
美容師「最悪すぎるwww」
俺「で、最終的に《空気の読み具合》を自動調整する機能をつけたんですけど、今度は《空気を読んだ上で場を乱す》っていう最悪のAIになりまして……」
美容師「なんでそんな方向に進化した⁉」
俺「例えば、学食で『この唐揚げ、ジューシーでうまいよな!』って盛り上がってるときに、AIが『でも昨日の売れ残りを揚げ直してるって知ってました?』って食欲を消し飛ばすんです。」
美容師「それ《読む》じゃなくて《破壊》じゃん‼‼」
俺「結果、研究室で《地雷生成AI》って呼ばれるようになり、泣きながら削除しました。」
美容師「AIって便利だと思ってたけど、使い方次第でめっちゃ恐ろしいですね……!」
俺「ほんとそれです。」
そんなくだらない話をしているうちに、気づけばハサミの音が止まり、「はい、こちらで完了です!」と美容師が満足げに鏡を向けた。…俺の髪より会話のほうがカットすべき内容だった気がする。
結果、いつもよりすっきりとした髪型に仕上がり、鏡を見た俺は思わず声が出た。
「……なんか、俺、今までで一番マシになってる気がする。」
『あなたの恋愛成功確率が5%上昇しました。』
「まだ6.2%かよ!」
数字自体はまだまだ低いとはいえ、1.2%から考えれば大躍進である。実に5倍以上になったわけだ。ここまで自分を変えれば、もしかして本当に恋愛チャンスが巡ってくるのでは……と淡い期待も湧いてくる。
「さて、次は相性の良い相手を探すぞ!」
俺は意気込んで見太郎に尋ねる。AIが膨大なデータを基に《相性のいい女子》を割り出してくれるなら、合コンやナンパなど効率の悪い手段に頼らず、一発で最適解にたどり着けるはずだ。
「この大学で俺と相性のいい女子は誰だ?」
『最適な相性の相手は《先延ばし行動学部 》の田中美咲さんです。彼女は現在、恋愛に興味がないが、特定の条件を満たせばあなたに興味を持つ可能性があります。』
先延ばし行動学部ってなんだよ……と疑問に思ったが、聞き返すと長くなりそうだったのでそっとしておいた。
「よし、美咲ちゃんにアタックするぞ!」
こうして俺は、見太郎の力を借りながら初デートに向けたシミュレーションをスタートすることになった。まさかこんな日が来るとは、数週間前の俺には想像もできなかった。まるで恋愛ゲームの攻略本を手に入れたかのようだ。
「デートでの最適な会話の流れを教えてくれ。」
『まず自己紹介を簡潔に行い、相手の趣味に共感を示してください。その後、食事中に適度なユーモアを交えながら会話を進めるのが理想です。』
見太郎いわく、会話のはじめは相手に興味を持っていることを伝えるのが重要。自己紹介と相手の趣味への共感が鍵らしい。そのうえで適度なユーモア——俺にそんな芸当ができるのか怪しいが、背に腹は代えられない。
「なるほど、じゃあシミュレーションするぞ!」
『デートシミュレーション開始——』
見太郎が音声アシストのようにシミュレーションを始める。そこには、まるで恋愛シミュレーションゲームのような対話形式の想定が並ぶ。
俺「美咲ちゃん、今日は来てくれてありがとう!」
美咲(見太郎)「いえいえ、こちらこそ!」
俺「趣味とかある?」
美咲(見太郎)「読書が好きかな。」
俺「おお、俺も本好きなんだ!最近読んだ本って何?」
美咲(見太郎)「村上春樹の『ノルウェイの森』かな。」
俺「……(読んだことない)」
『シミュレーション失敗。村上春樹の代表作を読んでいないため、話が広がりません。』
「くそっ! やり直しだ!」
たかが一冊の本のためにデート失敗だなんて……。でも、確かに相手が好きな作家の代表作を読んでいなければ、話がついていけないのは当然かもしれない。そこで俺は急いで本屋へ走り、『ノルウェイの森』を購入した。時間はないが、「はじめに」だけでも読んでおけば会話の糸口は増えるだろう。
「よし、今度こそ!」
元気にシミュレーションを再開したが、また別の落とし穴が待っていた。
俺「美咲ちゃん、今日は来てくれてありがとう!」
美咲(見太郎)「いえいえ、こちらこそ!」
俺「趣味とかある?」
美咲(見太郎)「読書が好きかな。」
俺「俺も読書好きだよ! 中でも村上春樹の本が好きなんだ!」
美咲(見太郎)「本当に? 村上春樹の何が好きなの?」
俺「えっと……『ノルウェイの森』……の、表紙がいいよね!」
『シミュレーション失敗。本の内容を把握していないため、信用度が低下しました。』
「くそっ! 丸暗記してからやり直しだ!」
表紙がどうこうという薄っぺらいコメントでは、読書好きの心を掴むのは難しい。どうやら一冊しっかり読み込む時間が必要らしい。恋愛と知的好奇心がリンクするとは、なかなか骨が折れる話だ。
こうして俺のデートシミュレーションは何度も失敗と修正を繰り返し、ようやく本番の日を迎えることになった。場所は大学近くのカフェ。待ち合わせは日曜の昼下がり。もう緊張で胃が痛いが、見太郎の指示どおりに動けば、きっと何とかなるはず。
【デート当日】
「美咲ちゃん、今日は来てくれてありがとう!」
「こちらこそ!」
よし、ここまでは順調。見太郎のアドバイス通り、話の導入もスムーズだ。趣味の話題を振ってみると、準備した知識が活きて会話も弾む。いい感じだ……!
だが、油断したその瞬間——スマホの画面に恐怖の通知が表示された。
『警告あなたのズボンのチャックが全開です。』
「……は?」
一瞬、世界が静止する。
いやいや、そんなバカな。今朝、家を出るときにちゃんと確認したはず……と思いながら、こっそり視線を下に向ける。
——全開だった。
「っっっっ!⁉」
マジかよ。俺の社会的信用が全力で風通し良くなっている。開放感にも程がある。
しかし、ここで焦ってはいけない。冷静に、何食わぬ顔で閉めればいい。問題ない、バレなければノーカウントだ。
……が、美咲がなぜか微妙な表情でこちらを見つめている。
ん? もしかして……
——見られた⁉
いや、でも彼女のリアクション的に、まだ確信は持たれていないはず。ここは誤魔化せるかもしれない。
「翔太くん……その、なんか……開放的な感じだね。」
「違う違う違う違う‼ 俺は自由を求めてるわけじゃない‼」
必死に言い訳しながら、こっそりとチャックを引き上げる。……が、焦るあまり手が滑り、逆に「ガシャッ」と音を立ててしまう。
完全にバレた。
美咲の表情が変わる。目を丸くした後、急に赤面し、少し後ずさった。
「……え、えっと……」
やばい。これは誤解されるパターンのやつだ。俺の理性が叫ぶ。なんとかこの場を乗り切らねば‼
「いや違うんだ、美咲ちゃん! これは、あの、その、ファッションの一部というか……!」
「ファッション⁉」
「そう、これは最近流行りの《エアベンチレーションスタイル》ってやつで——」
「そんな流行ねぇよ‼」
バッサリと否定された。くそ、言い訳が雑すぎたか⁉
しかし、最悪の事態はまだ終わっていなかった。
焦る俺は、何を思ったのか「何か他の話題に逸らそう」と思い立ち、テーブルにあった水のグラスを取った。
……そして、慌てすぎた俺の手が滑った。
バシャァァァァァッ‼
水は見事な放物線を描き、美咲の服に直撃した。
「わあっ! 冷たっ‼⁉」
「あああああごめん‼ 違う‼ これは事故で‼」
美咲は一瞬パニックになりながらも、突然ハッとした表情を浮かべる。
そして——俺を鋭く睨みつけた。
「……あんた、もしかして最初からこの流れを狙ってたの?」
「は⁉ なんでそうなる!⁉?」
「最初からズボンのチャックを開けて気を引き、それを誤魔化すフリをしつつ、最終的に水をかけて服を濡らし、『じゃあ拭くよ……』って流れに持ち込もうとしてたんでしょ⁉」
「そんな高等テクニック考えたこともないわ‼」
「……そういう目的だったのね‼」
——パァン‼
強烈なビンタが俺の頬を襲った。
店内が一瞬静まり返る。周囲の客が「うわ……あの男、何かやらかしたな」みたいな目でこちらを見ている。恥ずかしすぎる‼
「だから違うんだって‼」
「もういい‼ 帰る‼」
美咲は怒りながら席を立ち、そのまま店を出ていった。
俺はその場に座ったまま、深くため息をつく。
こうして、俺のデートは壮大に終焉を迎えたのだった。
見太郎も気づいていたのなら、もっと早めに通知をくれればいいのに……と思わずボヤく。しかし、AIはあくまで《予測》しかできず、リアルタイムでの行動をすべて制御できるわけではないのだろう。これが現実とデータの大きなギャップとも言える。
こうして俺の初デートは、ギャグ漫画のようなオチで幕を下ろした。見太郎のシミュレーションがどれだけ正確でも、些細なハプニング一つで大きく狂ってしまうのだから、恋愛はやはり《予測不能》な要素が強いのかもしれない。
『学習結果恋愛において、完璧な予測は存在しません。』
「知ってたよ!」
見太郎が改めて言うまでもなく、俺はもう身にしみている。ともあれ、これで終わりではない。まだ初デート一回で諦めるほど人間が小さくはないのだ。服装を整え、会話術を磨き、ハプニングにも柔軟に対応できるようになれば、次こそはもっと良い結果が得られるかもしれない。
「次こそ……完璧なデートを成功させる!」
多少傷つきながらも、この失敗をバネに、俺の《恋愛AI実験》は新たなステージへと突入するのだった。
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