第5話 一階層④

アナライズで今の状態を確認する。


---

HP:487/523

MP:27/57

満腹:9

状態:正常

---


アイテムボックスも確認する。


---

解毒薬

回復薬 

[E]木の杖

解毒薬

パン

[E]木の盾

回復薬

---


本日5度目の「ぐううう」という腹の音が鳴った。目の前には白いドクロに藍色のタイルが暗い瞳でこちらを窺っいるように見える。


ここ1時間、ステータスやアイテムボックスを眺めながら、この罠をどう回避するか考え込んでいたが、妙案は見つからない。


まず、手持ちの解毒薬を投げつけて反応を確かめようとした。だが、瓶が手に吸い付いたように離れない。


次にタイルを飛び越えられるか確認した。ギリギリいける。いけるが、尻もちをついたらアウトだ。この案はなし。


最後の手段として、タイルを舌先で舐めてみた。毒であれば、痺れや苦味を感じるはずだ。慎重にペロリと一舐めする。



「……甘い?」



腹の空き具合も相まって、ついペロペロと続けて舐めてしまった。甘さのせいで癖になる。



『──うわぁっ。キモッ』



昔、同じパーティにいたクレリック聖職者の口から溢れた豪速球が俺の心をえぐる。


毛穴という毛穴から熱い体液が噴き出し、瞬く間に蒸発したような錯覚に陥る。はっとして、キョロキョロと周りを見渡したが彼女がいるはずがない。


「落ち着け、俺」


──つまり、怖くて先に進めない。それが今の状態だ。


特筆すべきは1時間以上も同じタイルの上にいるのに、ステータスの「満腹」が減らないのだ。


事実、腹のヘリ具合はずっと同じだ。つまり、ここから動かなければ腹は減らない。


後、ステータスを確認していて気がついたが、歩数は 


1歩 = 1タイル


……で、カウントされているようだ。


実際の歩数ではないから歩数計としては微妙だが、ここから導きだされた答えは大体3タイル進むと満腹度が1減るという事実だ。


そして、時間経過による満腹度の変化がない……ということは時間が経過していないか、極めて緩やかに流れているのかもしれない。


確か、いのっちは元宮廷魔道士という話だった。時空魔法くらい扱えても不思議ではない。


ただ、意図が分からない。なぜ、こんなことをするのか?


唐突に室内が影で覆われ、視界が悪くなった。顔を上げると周りにはかがり火がたかれ、目の前にドーム状の空間にかわっていた。



"ゴブリンがあらわれた!"



無機質な天の声が俺の恐怖を煽った。


何がおきた!?


何もしていないぞ。


舐める以外は……


ブーツの真下から暗い目がこちらを窺っていた。慌てて足を上げると、俺はドクロの床の上に立っていた。


隣のタイルにいたはずなのに……まさか、空間転移?


だが、悩んでいる暇はなかった。


ゴブリンの顔を見た瞬間、体は勝手に身を翻し、逃走を始めていた。ゴブリンは足が遅い、逃げ切れるはずだ。



"逃げられなかった"



天の声は不可解な事を告げる。逃げられないわけがない……そう思ったが、置き去りにしたはずのゴブリンが目の前にいる。


「なっ!」


緑色の小人は間髪入れず拳を繰り出す。俺の腹に拳が食い込む。



"ゴブリンの攻撃! 27のダメージ"


「ゲェッ……」



岩を腹に放られたみたいに重く、鈍い痛みにのたうち回りそうになる。


まずい、頭部への追撃がくる。そう思って、片ひざを立てて、さっき手に入れたばかりの木の盾を構える。




………?




な、なんだ? ゴブリンはこちらを睨み、身構えたままで攻撃をしてこない。


よくわからないが好機。再び、踵を返し逃げようとする。



"逃げられなかった"


"ゴブリンの攻撃! 急所を突かれた。51のダメージ"


「っ……」



再び目の前に現れたゴブリンの拳は俺のみぞおちを的確に捉えていた。


身体がくの字に曲がり、そのまま膝から崩れ落ちる。


ぐぁ……痛い。


目尻から涙が溢れ、口からよだれが流れ落ちる。ダメだ、耐えろ。頭を抱えて身体を縮こませる。



………?



顔を上げると先ほどと同じく、ゴブリンはこちらを睨んでいるものの、その場から動く気配がない。


俺はよろよろと立ち上がる。


こちらも身構えるがやはりゴブリンは動かない。ゴブリンは性質的に弱っている外敵の頭部を執拗に狙う傾向がある。


脊椎反射に近い性質で相手が死ぬまで攻撃の手を緩めることはない。そう、昔教わった。


なぜ、動かない? "逃げられなかった"というのはどういう意味だ?


目に汗が入り、視界が滲むが瞬きする事さえ怖くて、必至で瞼を開ける。木の杖を握る手に力が入る。


クソッ、やるしかない。


木の杖の一番端を握り、重力と遠心力を利用してゴブリンの頭めがけて杖を振り落とす。


その瞬間、時間の流れが緩やかになり、振り下ろす杖も、ゴブリンの上下する身体も、体から飛び散った汗さえも静止して見えた。


極度の緊張状態でゾーンに入ったのか。


こんな大振りが当たるわけがない。隙だらけもいいところだ。


世界は徐々に加速して、ゴブリンの頭めがけて杖は振り下ろされた。



ゴシャッ



予想に反して大振りの杖がゴブリンの頭蓋を砕き、潰れた饅頭のように頭が変形を始めた……ところで集中が切れた。


"クリティカルヒット! プレイヤーは92のダメージを与えた"


"勝利した。経験値を20得た"


頭の潰れたゴブリンは風で砂が舞うようにサラサラと消えていった。


勝った……のか?


パンパカパーンというふざけたファンファーレが鳴り響き、続いて天の声が聞こえた。


"レベルが2にあがった"

"最大HPが542にあがった

"最大MPが86にあがった"

"攻撃力が54にあがった"

"魔法攻撃力が65にあがった"

"防御力が42にあがった"

"魔法防御力が44にあがった"

"ヒールを覚えた"



早口すぎて全てを聞き取れなかったが、レベルが2にあがった?


新しい魔法も覚えたのか? 


気がつくと周りの風景がもとの殺風景な空間に戻り、足元のドクロの床も石の床に変わっていた。


ヘナヘナと力が抜けてその場にペタンと座り込んでしまった。手が震え、口の中は渇き、ゼエゼエと乱れた呼吸が鬱陶しい。



呼吸を整えている、その時だった。





"いや、はや……こんなポンコツな来訪者ははじめてだにゃ。君、冒険者に向いてないね〜"





天の声が語りかけてきたのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る