第6話 一階層⑤

"いや、はや……こんなポンコツな来訪者ははじめてだにゃ。君、冒険者に向いてないね〜"


「お前は……いのっちか?」


"……いかにも。だが、魔王いのっち様と呼べ。不敬というやつだにゃ"


俺は思案した。


だが、答えは決まっている。俺は瞬く間に両手両足を大の字に広げ、ペタンとうつ伏せに這いつくばったような姿勢を取る。



「ははあ! 魔王いのっち様、絶対服従しますので、どうか命だけはお助けください」




"………………えっ"




"いや、君、なに言ってるにゃ? 何してるにゃ?"


土下座どげざを超えた五体投地ごたいとうちという所作にございます」



"な……"



昔、叢雲を持っていないときに賊に襲われたことがあった。その際に編み出したのがこの"五体投地"だ。


相手の意表をつき、憐れみと侮蔑を誘い、殺す気を削ぐ、俺の必殺技でもある。



決まった……!



"いや、いや、いや、いや、ないわぁ〜。ない、ない、違うじゃん、そういうのじゃないじゃん、冒険者ってさぁ"


「いえ、違うたがうことはございません。これが我ら冒険者の真の姿でございます」


"我らって、なに冒険者の代表みたいな顔で言い切ってるにゃ? ほかの冒険者に失礼だにゃ"


お前こそ、なにを言っているんだ。冒険者なんて、社会の底辺、まともな職に就くことができなかった人間の成れの果て。


誰一人として、つまらないプライドは持ち合わせていない。


生きるためなら床だって、人の靴だって舐める。


俺はそう信じている。




むしろ、俺こそが冒険者。




さては、こいつ、冒険者が夢と希望溢れる職業と勘違いしている痛い奴だな、はっ!


……なんて、口に出したら大変な事になる。


当然、キリッとした顔で黙っておくのが冒険者というものだ。


ババアやクレリックの姉ちゃんは冒険者の風上にも風下にも置いておくことができないプライドの塊みたいな奴らだった。


くだらない。


危うく、ペッと唾を吐きそうになる。


そんなことより、一つ気になっている事がある。確か、いのっちはケットシーと聞いた。


「一つ、質問をしてもよろしいでしょうか? 」


"な、なんだにゃ"


「では、失礼して……なぜ語尾に"にゃ"をつけているのでしょうか? 」


"はぁ?"


「俺の故郷にはケットシーが数人おりますが、語尾に"にゃ"をつけている者はおりません」



"なっ………!!"



「ケットシーは語尾に"にゃ"はつけません」



"な、なんで二回言ったんだ。べべべべっ別にいいだろ…………にゃ"



俺は顎に手を当て、考え込む。ふむ、なるほど。



「つまり、語尾に"にゃ"をつけることで、

あざとかわいいを狙っていらっしゃるんですね」



"やめろぉぉぉぉお、そういうんじゃないんだよ…………"



侮っていたな。そうやって、相手を油断させ、弱者のふりをする。


こいつも冒険者なのか……?


俺もいざというときに使ってみる……かにゃ?



「もう一つ、聴きたいことがあります」


"な、何がにゃ。お前、もう黙れ"


「いえ、黙りません。俺の妖刀叢雲をしりませんか? 刀身が僅かに弧を描き、刃文がかすかに紫色をした東洋の剣です」


"……お前、本当にマイペースな奴だにゃ……絶対服従じゃなかったのか?"


「あれは俺の命、体の一部です。譲れません」



しばらく声が途切れ、まるでそこから、いのっちが消えてしまったかのように感じた。


やはり、叢雲はもう……



"……ああ、知ってる。お前の所持品にあったな。だが、僕は持っていないにゃ"


俺は思わず立ち上がってしまった。


「それはどういう……」


"宝箱の中身は冒険者や騎士たちから巻き上げたアイテムがランダムに配置される。無論、叢雲も例外ではないにゃ"


「!」


つまり宝箱を開けまくれば、叢雲に会える……ということか。


"叢雲の出現確率は500分の1。もしくは7層にいるネームドモンスターからドロップすることもできるにゃ"


意外と確率高いな。


だが、こんな得体のしれない塔をうろつくのはリスクが高すぎる。


押し通る!


「絶対服従しますので、叢雲を返していただけないでしょうか? 足を舐めろというなら舐めます」



猫の足は舐めたことがないが……いける!



"そ、その顔、やめるにゃ、ゾワゾワするにゃ。お前みたいな気持ち悪い奴はさっさと死んでくれだにゃ"


舐めるだけではダメなのか……なら。



「わ、分かりました。しゃぶります。足をしゃぶらせていただきます……にゃ」


両手をグーにして、クイクイと猫っぽい仕草も付け加えてみた。






"…………きゃあぁぁぁ。もう、無理。キモッ"






広い空間にこだましていた、いのっちの声はプツッと消え失せ、キーンと耳鳴りだけが残った。




……俺はキモくない。




冒険者だ。


なんだろう、すごく気分が悪い。


服に着いた砂ぼこりをパンパンと払う。


俺はよろよろと歩きながら、安全なルート脇にある宝箱に手をかけた。

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