ある修道女の遺書

桜森よなが

勇者が闇堕ちした理由

 人類が魔王軍に敗北して、既に一年が経過していた。


 この日、私はある教会に来ていた。


 中へ入ると、ステンドグラスから漏れる光を浴びて、最奥にある女神の像が輝いていた。


 そんな像の傍らに、修道服を纏った、白骨化した人間の死体があった。


 よく見ると、その近くに赤黒いナイフと手帳らしきものがある。


 私は手帳を拾って、何気なく中を開いたのだが、そこに衝撃的なことが書かれていたため、私はそれを夢中で読んでしまった。





 懺悔します、私の一夜の過ちが原因で、人類は魔王軍に敗北しました。


 私は勇者のパーティで魔法使いをしていた、リーシャです。

 今から私の罪について語ります……



 これは魔王を倒す旅をしていたときの話です。


 旅の途中、私は勇者様に告白され、恋人になりました。


 私と彼は付き合い始めたころは、それはもうラブラブで、魔王を倒した後、結婚しようという話までしていました。


 でも、だんだん、私は勇者様に不満を感じるようになっていきました。

 彼はどうやら幼少時代から戦うための鍛錬ばかりしていたようで、女性を喜ばせる技術が乏しく、夜の私を満足させられませんでした。


 私が勇者様のことで悩んでいたある日、仲間である槍使いの戦士アーノルドが私を酒場に二人きりで誘ってくれました。


「最近、元気ないけど、どうした?」


 と彼は心配そうに訊いてくれます。

 私は勇者様関連の悩みについて、つい詳細に話してしまいました。


「そうか……なぁ、それなら俺が満足させてやろうか?」

「え、でも」

「今夜限りの話だ、ちょっとした気分転換が君には必要だと思うんだ」

 

 そう言われ、つい私は彼を受け入れてしまいました。

 ああ、でも、これは私の人生で最大の誤りでした。

 朝になると、どこかから私たちの居場所を聞き出したらしい、勇者様ともう一人の仲間である僧侶のマリーが、私たちがいた宿屋に来てしまったのです。

 そして、ベッドにいる私たちを見てしまいました。


 私と勇者様はその日を境に恋人でなくなりました。

 また、マリーはアーノルドのことが好きだったらしく、私とアーノルドはマリーとも気まずい関係になってしまいました。


 勇者様はこのことがきっかけで人間不信になり、人に優しくされても何か裏があるのではないかと勘繰ったり、今までは許容していた些細な悪事を許せなくなったりしました。


 ある日、魔王城まであともう少しというところにあった村で、自分の財布をすろうとしてきた子供を見て、勇者様はこんなことを言いました。


「こんな小さな子供まで……やはり人間の本質は悪だ、俺はこんなやつらを救わないといけないのか?」

「しっかりして、勇者様、人を信じるのよ」

「俺を裏切った君がよくそんなこと言えるね」


 まったくその通りでした、私はそれから勇者様に対して何も言えなくなってしまい、彼はどんどん闇に飲み込まれていくのでした。


 彼が完全に堕ちたのは、魔王城の最上階で魔王と戦った時でした。


 私たちは魔王と互角以上の戦いをしていたのですが、突然、魔王がこんなことを言い出したのです。


「その力、惜しい、勇者よ、私の味方になるなら、人類を滅ぼした後、世界の半分をお前にやろう」


 なにをバカなことをと思いましたが、勇者様はなんと「いいな、それ」とその案に乗ってしまいました。


 それから勇者様は、いきなり仲間だったはずのアーノルドを剣で斬りました。マリーは悲鳴を上げ、混乱状態になっていました。

 このままじゃ私も殺される、と思い、私は仲間を置いて逃げてしまいました。


 数ヶ月ほど逃げ続けてこの辺境の村に辿り着いた私は、それからは静かに暮らしていましたが、二年後、人類が敗北したという知らせを聞きました。

 私は背負った十字架に押し潰されそうになり、修道女となって教会に毎日行くようになりました。

 しかし、それでも罪悪感は日に日に増すばかりで、私はもうこんな人生に耐えられなくなりました。

 私はこれを書き終えた後、死のうと思います。

 ああ、どうか、誰かこの遺書を見つけてください、そして愚かな私をどうか許してください……





 読み終えた後、私は笑ってしまった。


「ハハハ、まさかこんな女のせいで人類が敗北したとはな!」


 あの時、自分でも断られるだろうと思っていた提案を何で勇者が乗ったかわからなかったが、なるほどそういうことだったのか。


「どうした、魔王、外にまで笑い声が聞こえてきたぞ」


 と勇者が教会の中に入ってくる。


「ああ、悪い、なんでもない」


「そうか? まぁいい、それでリーシャはいたか?」


 私たちは魔法使いのリーシャがここに潜伏しているという情報を聞いて、かつて逃がしてしまった彼女を今度こそ殺すためにここに訪れていた。


「そこにいるよ」


「なんだ、もう死んでたのか、俺が殺したかったのに」


 と勇者は落胆していた。


 私はこの女とこいつのせいで死んだ人間たちを哀れに思ったが、しかし二人のおかげで魔王軍が勝利したので、感謝することにした。

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ある修道女の遺書 桜森よなが @yoshinosomei

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