22話「雪に色をにじませて」:L side

冬休みが始まってしばらく。昨日、無事にクリスマスが終わった。

まだ1日しか経っていないというのに、クリスマス一色だった街は、お正月へと一瞬で姿を変えていた。


「はぁ……寒いな」


両親は仕事。累もバイトで家にはいなくて、一人家で暇を持て余していた夢乃。宿題もすでに終わらせて、ゆっくり読書でもしようと思っていたが、なかなか集中できずにだらけていた。

そんな時に、叶恵から連絡が来た。


《プレゼントできたので、今日会えたりしますか?》


夢乃のクリスマスプレゼントにと作る予定だったバレッタは、時期が時期だったため、当然当日に渡すことができなかった。

夢乃は事前に叶恵の家に送るように手配していたため、クリスマス当日に叶恵の家に届いたらしく、メッセージに写真が送られてきた。それと同時に、プレゼントを渡すのが遅れるということも連絡を受けていた。


「いらっしゃいませ。一名様ですか?」

「人と待ち合わせしていて……まだみたいなので、二人用の席でいいですか?」

「はい。あちらの窓際の席にお座りください」


案内された席に腰を下ろすと、そのままメニュー表を開く。

待ち合わせ先はバイトをしているカフェではなくて別の場所。叶恵が教えてくれた穴場スポットで、ここのオムハヤシがとても美味しいらしい。


「オムハヤシを一つ。食後にコーヒーを一つ。砂糖やミルク入りません」

「かしこまりました。オムハヤシがお一つ。食後にコーヒーですね」


メニューを下げられ、店員さんがその場から離れていく。

商品が届くまでは、なんとなくスマホをいじって時間を潰す。

SNSを見たり、知り合いからのメッセージに返信したり。


「お待たせしました。オムハヤシでございます」


あっという間に商品が出て来た。

目の前に出された料理に目をキラキラさせ、一枚だけ写真をとれば、食事を始める。


「美味しい……」


叶恵の言う通り。心の中でそう呟きながらパクパクと食べて行く。

そういえば、と。夢乃は自分が起きてから何も口にしていなかったことを今思い出した。そのせいか、途端に空腹に襲われ、あっという間にオムハヤシを間食してしまった。


(美味しかったなぁ)


口元を紙ナプキンで拭いた後は、店員さんに食後のコーヒーを頼み、待ち合わせ相手が来るのを待っていた。


「すみません先輩。お待たせしました!」


小声で、だけど少しだけ慌てたような声。夢乃の向かいの席の椅子が引かれ、だれかが座る。

カップから口を離し、そのまま視線を上に向けると、そこには苦笑する叶恵の姿があった。


「こちらメニューです」

「あ、オムハヤシ一つとカフェオレで。一緒に持って来てください」

「かしこまりました」


メニューを受け取ることはなく注文をする叶恵。店員がその場を離れ、二人っきりになる。

こうやって、向かい合わせで座るのを夢乃は久しぶりに感じる。付き合ってからは、向かい側ではなく、彼女は隣に座るため。


「先輩、コーヒーだけですか?」

「いや、さっき食べたよ。同じやつ。美味しかった」

「それは良かったです」


しばらくは二人で談笑し、叶恵が注文したオムハヤシが届いたタイミングで本題に入る。叶恵は持って来た小さな紙袋を夢乃に渡す。


「遅くなってすみません」

「別に、こんなに綺麗にラッピングしなくても」

「いえ!そう言うわけにはいきません」

「……見てもいい?」

「はい、もちろんです」


紙袋から綺麗に包装された袋を取り出して、中身を取り出した。

7つの大きな星と7つの小さな星が散りばめられたバレッタ。

色は一色ではなくて、虹の七色がそれぞれ使用されているデザインだった。


「単純なデザインですみません」

「そんなことないよ。売ってたら多分買わないけど」

「う……それ聞くと地味にショック…」

「冗談よ。それで、なんでこのデザインにしたの?」


単純に好きだから。と言う理由ではないと思った。彼女も彼女なりに想いを込めて作っただろうと夢乃は思った。

言われた本人は「先輩はすごいですね」と言って、このデザインに」した理由は口にした。


「叶恵にとって先輩はずっと憧れで、キラキラした存在でした。なので、それを星で表現しました。色の方は先輩をどの色で表現しようかと考えた結果……”鮮やか”だなって」

「鮮やか?」

「たった一色じゃ言い表せない。いろいろな色があって、先輩がいる。例えるなら、先輩自信が一つの絵みたいな」


言った後に恥ずかしくなったのか、叶恵はばくばくとオムハヤシを食べて行く。

俯きながら、夢乃は手にしているバレッタに視線を向ける。

きっと前の私だったら、このバレッタの形しか認識できていなかっただろう。灰色の、色のないもの。

だけど今は、しっかりと7色の色が見えている。


「鮮やか、か……」


自分ではしっくりこなかった。その理由は、目の前にその言葉が似合う存在がいるからだった。


「ん?な、なんですか?」

「ううん、ありがとう」


一言お礼を口にすると、夢乃は早速そのバレッタを使用する。

綺麗な黒髪に、鮮やかな7色の星が飾られる。


「どう?似合ってる」

「……女神だ」


どこかで見たような光景が夢乃の視界に広がる。あの時はノリみたいなもので色々言ったけど、クスリと笑うと、前に垂れた髪を耳にかけながら……


「でしょ?」


その姿に、叶恵は言葉を失った。

外から差し込む光も相まって、本当に夢乃が人とは思えないほどの神々しくて、そして美しかった。

人は高まった感情が一線を越えると涙を流すんだなと、叶恵は自身でそれを体験した。


「叶恵?」

「はっ!い、一瞬意識が……」


我に返った叶恵は、目をこすって改めて夢乃の姿に目を向ける。

気のせいだったみたいだと思い、残っているオムハヤシを食べ終え、カフェオレで一息ついた。


「この後はどうしますか?」

「んー、帰ろうかな」

「そ、うですか……」


あからさまに落ち込む叶恵に、夢乃は優しく頭を撫でてあげる。そして、そのまま髪を撫で、毛先に触れ、頬を撫でる。


「先輩?」

「ありがとう、叶恵」


口からこぼれた感謝の言葉に叶恵は目を丸くした。どうしてお礼を言われるのだろうか。むしろ自分がお礼を言いたいのにと。


「本当に、もう絵を描きたくなかった。これからは絵がない生活に慣れて行こうって。でも、叶恵が根気よく私に接してくれたおかげで、私は絵を描くのが好きって気持ちを捨てずにいられた」


ニッコリと微笑む。うっすらと涙を浮かべて。


「世界はこんなにも鮮やかで眩しいんだね」


灰色だった夢乃の世界で、唯一色のついた瞳を持った後輩。どんなに拒絶しても、何度も何度も自分の元に来て、最終的に彼女の世界に色を戻した人物。

だけどそれは、叶恵も一緒だった。

灰色だった叶恵の世界で唯一色のついた絵。それとの出会いで、彼女の世界が色で溢れかえった。

二人は会うべくして出会った。そして、きっとこうなることは必然だったのかもしれない。


「はぁ……そろそろ出ようか」

「先輩」


お会計をするために夢乃が立ち上がろうとすると、叶恵が声をかける。

ニッコリと笑みを浮かべる。あの瞳(いろ)が、彼女の姿を移す。


「もう描かないんですか?」


それは、いつかの言葉だった。

灰色の世界で、今と同じように、その瞳を自分に向けながら訪ねて来た言葉。

だけど、あの時とは返事は違う。


「ううん。また描くよ。描きたい。だって……」







————— 好きだから








【完】

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クラゲと彗星蘭 暁紅桜 @ab08

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