21話「白いキャバス」:L side
休みが明けて、数日の通常こなし、迎えたその日は終業式だった。
長い長い、お偉いさんの挨拶や注意事項を、生徒たちは寒い体育館の中で必死にそれに耐えていた。
これさえ終われば明日からは冬休み。もう目の前まできた豪華な褒美を手に入れるため、全員が眠い目を必死に明けて、寒さで身を震わせながら壇上を見上げる。
どのくらいの時間が経ったかはわからない。とても長く感じたその時間は、進行役の生徒の閉会の言葉とともに終了を迎えることになった。
「帰りどこか寄る」
「お腹すいたねー」
終業式が終われた、そのあとは教室で手短にHRが行われて午前中には授業は終了。午後からは自由となる。
「はぁ、寒いですね」
しかし、全員が全員帰るというわけではなく、部活がある生徒は残って活動に励み、委員会の仕事がある生徒も残ったり。特にすぐに帰る用事がない生徒もちらほらと校舎内に残ってる。
「そうね。自然と、暖房のある教室に集まっちゃうわね」
夢乃、叶恵もまた、特に急ぎの用事もなく、なんとなくで校舎に残っていた。
以前のように、図書室に足を運び、夢乃は本を読み、叶恵が会話をする。変わったところといえば、以前は向かい合って座っていたが、今は隣り合って座っているということぐらいだった。
「お腹すきましたね」
「そうね」
「何食べたいですか?」
「気分はパスタ」
「先輩のバイト先行きますか」
「今は兄さんがいる時間帯だから嫌だ」
お互いに視線を向けずに会話をする。彼女たちにとってはいつも通りの会話方法。目があう時は、特別な時だけ。
まだ時間帯がお昼頃ということもあり、いつもの放課後よりも図書室には人の姿があった。話すをしている生徒がほとんどだが、夢乃のように読書を楽しむ生徒も一部いる。
その生徒の邪魔にならないように、少しだけボリュームを落としながら、二人は会話を続ける。
「そういえば、クリスマスプレゼントなんだけど」
「え、くれるんですか?」
驚いた表情をしながら、叶恵は夢乃をみる。だけど、視線は交わることはなく、彼女は本に視線を向けたままだった。
「当たり前でしょ。まぁいらないならいいけど」
「めっ、ちゃ欲しいです」
言葉を溜めるように言いながら、わずかに前のめりになりながら叶恵はいう。正直、彼女からのプレゼントは期待していなかった。同時に、クリスマスは一緒に過ごせないと思っている。だからこそ、きっとプレゼントはもらえないだろうと、どこか諦めていたが、本人からその話題が出て、あげると言われた。
叶恵は内心、何をくれるのだろうとドキドキとワクワクで少しだけそわそわしている。そんな様子を横目に見たあと、また視線を本に戻してページをめくる夢乃。
「前に書いた彗星の絵」
「あ、はい」
「あれ、あげる」
彗星の絵。正式なタイトルは【桃色の彗星】。
絵を描くのをやめた夢乃が、また描き始めて最初に描いた絵。叶恵への気持ちを形にした作品。
あれをクリスマスプレゼントとして叶恵にあげるとのことだった。
あの絵は言い換えれば叶恵のための作品で、それを自分の手元においておくのも、と夢乃は思っていた。特に、下心のある人間に高値でうるというのは彼女の中では論外でしかなかった。
「あれは、叶恵を想って描いたから、叶恵に持っていて欲しい」
「う、嬉しいです」
胸の前で手を組み、いまにも泣き出してしまいそうな表情を浮かべる叶恵。過激している彼女にクスリと笑うと、夢乃はパタリと本を閉じた。
「それで、叶恵は何をくれるのかな」
それはもう、とてもいい笑顔で。という文章が頭に浮かぶような表情をする夢乃。
相手を思って描き上げた、この世に一枚しかない絵。そんな絵をクリスマスプレゼントとしてあげる。
彼女が何を言いたいのかわかったのか、叶恵の顔が一気に青くなる。
クスクスと笑う夢乃うっすら目を細め、ニヤニヤしながら叶恵のことを見る。
「叶恵からのプレゼント、期待していいんだよね」
してやられたと叶恵は思った。
正直プレゼント内容はすごく嬉しい。普通に考えればいま手元にある夢乃の絵もそれなりの価値がある。それを自分の手元に二枚もあると思うと大丈夫かと不安になる。
だけど、そんな絵をクリスマスプレゼントとしてもらう。例え夢乃が冗談で言っていたとしても、叶恵は彼女の期待に答えたいと思っている。
「ま、冗談だけどね。ふふ」
「で、でも!確かにそんなすごいものをなんの見返りもなくもらうのはよく、ないかと……」
「気にしなくていいよ。私の絵の価値は大人たちが勝手に決めてるだけだし。私にとっては、小学生が楽しく描いた絵と変わらないから」
「そこは自信持ってください」
いつも通り、自分の絵への評価が低い夢乃にムッと頬を膨らませる叶恵。そんな彼女の機嫌を取るように、夢乃は優しく頭を撫でてあげた。
「価値は人それぞれよ。他人より、本人がそれを一番よくわかってる」
「叶恵は、先輩の絵はすごいと思います」
「そう。じゃあそれが叶恵の私の絵に対する価値ね」
ニッコリと笑みを浮かべるが、叶恵はまだ納得がいっていないのか不服そうな表情を浮かべる。
「だからね、叶恵。貴女がくれるものだったら、そこらへんに落ちてる石でも、私には価値あるものになるの」
「さすがに、石はあげませんよ?」
「例え話よ」
夢乃はテーブルに置いていた本を鞄にしまうと、叶恵の手を取りながら立ち上がった。
さながらその姿は、姫の手を取る王子のようだった。
「お腹減ったし、ご飯食べに行こう」
「……パスタ」
「仕方ない。兄さんとこ行こうか」
*
お昼をバイト先で済ませたあと、二人はショッピングモールへと足を運んだ。
食事中は特にだれか話しかけてくるということもなく、二人楽しく会話をしながら食事をした。
「次、どこ行こうか」
「そうですね……」
次によるお店を探していた時、不意に叶恵がある店で足を止めた。
彼女が足を止めたことにすぐに気づかなかった夢乃は、数歩先を歩いた後に振り帰り、叶恵の視線の先を追う。
そこは手芸屋だった。布やけいと、ビーズなど色々なものが置いてある場所。
「あの、先輩」
「ん?」
「手作りって、重いですか?」
なんのことだろうと一瞬考えたが、夢乃は何かを納得したようで小さく言葉をこぼす。
「ある意味私のも手作りだし、クリスマスプレゼントに手作りは重くないよ」
「ほ、ホントですか?」
「うん。むしろ私の方が重い気がする」
ふふっと笑いながら、夢乃が叶恵の手を取り店内に入って行く。
基本的に彼女はこういったお店には足を運ばない。画材などの絵に必要なものを買う場所にしか。
「へぇー、こんなのもあるんだ」
物珍しくて、小さな子供のように思わずあたりをキョロキョロとしてしまう。
そんな彼女の行動が叶恵の心に刺さったのか、神に祈るように胸の前で手を組んでいた。
「せっかくなら髪留めを作りたいですね……先輩、ハーフアップとかしますか」
「んー、たまにするかな」
「だったら、バレッタにしましょうか。ふふっ、先輩はどんなのが似合うかな」
とても楽しそうに材料を探す叶恵。そんな様子を見ていると夢乃は思わず笑みが溢れてしまう。
材料選びで全く夢乃に気づいていない叶恵。
じっと彼女を見ていた夢乃は徐にスマホを取り出し、彼女の視界をそのまま写真に残した。無音設定にしているおかげで彼女にバレることはなかった。
(ドキドキした)
少しだけ上がった呼吸をゆっくりと整えて、何事もなかったように振る舞い、叶恵と一緒に材料選びをした。
約1時間、じっくりと商品選びをし、無事にバレッタを作るための材料を購入した叶恵は満足そうな表情をした。
「いいものが見つかってよかったね」
「はい!プレゼント、楽しみにしててくださいね」
「うん。それにしても、叶恵がこういうのに興味があるとは思わなかった」
「興味というか……将来は幼稚園とか、保育園の先生になりたいので、それに必要なスキルを磨いてるんです」
彼女は自分の手の指を折りながら、今自分が夢乃ために頑張っていることを一つずつ夢乃に教える。
そんな楽しそうに話してくれる彼女の顔を、じっと見つめる夢乃。
いつもそうだった。思ったことが顔に出て、それを見るのが夢乃はとても好きで、特に楽しそうに笑っている姿が大好きだった。
「先輩、聞いてますか?」
「聞いてる、聞いてる。それで、続きは」
「はい。それでですね」
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