17話「桃色の彗星」:夢乃side
誰も家の中。自室に置いている絵をぼんやりと眺めているときにインターホンがなる。今日の来客の予定は一人だけだから、私は慌てて玄関へと足を運ぶ。
「いらっしゃい」
「お、お邪魔します!!」
扉を開けた先にいた海崎さんは普段とは違って随分と緊張した様子だった。
なんとなく、下から上。彼女の全身を観察するように見つめる。
今まで色が見えなかったこともあり、服とかを形でしか認識していなかった。だけど、鮮やかになった世界では形だけじゃなくて色もしっかりと重要視される。
「うん、よく似合ってる」
特に他意はない。率直な感想を彼女に言っただけだったけど、それが嬉しかったのかそれとも別の理由か、随分と顔を赤くしている。まぁもしかしたら外が寒いからそれでかもしれないけど。
「入って。中はあったかいから」
「お、お邪魔します!!」
同じことをまた同じように言って、思わず笑ってしまった。
階段を登り、二階にある自室へと彼女を案内する。
「せ、先輩の部屋ぁ!」
感動の声を上げてくれているけど、私の部屋はいたって普通。少し本が多いぐらいで、それ以外はベッドに机。小さなテーブルがあるだけのシンプルなデザインだ。まぁ強いて言ううなら、一角だけ別の空間になってるけど。
「部屋兼アトリエなんですね」
「まぁそんな感じ」
私の部屋は、絵を描くということもあり、元々2部屋だったのを壁を抜いて一つにした奇妙な部屋。絵を描いていないときはその広さが随分と居心地が悪かった。
もう描くつもりがなかったから、ずっとあの空間をどうしようかと悩んでいた。
「とりあえず、ケーキ買ってきたので食べましょう」
意外な言葉だった。彼女のことだからすぐにでも絵を見たガルかと思っていたのに。
それを彼女に伝えれば「そうなんですが」とチラチラとあたりに目を向けていた。
「ちょっと、気持ちを落ち着かせたいので。甘いもので脳をリフレッシュしたいんです」
顔を歪ませながら、体を怖がらせる姿はまさに”緊張している”って感じだった。
思わず笑ってしまい、それに起ころうとしていたけど緊張してあまりちゃんと怒れてない様子にまた笑ってしまった。
「飲み物とってくるね」
「……はい」
優しく頭をなでれば、うなだれるように返事を返す。
いつもだったらハイテンションだろうに、気持ちに余裕がないみたいだった。
*
海崎さんが持ってきてくれたケーキは今結構話題になってるケーキ屋さんのだった。行列ができるから、長時間待つのも面倒だなって思ってたけど。まさかこんな形で食べられるとは思ってもいなかった。
「はぁ……落ち着いたぁ」
「それは良かった」
お皿の上も、お互いに飲んでいたカップも空になった。片付けは後ででいいかな。
「それじゃあ、そろそろあっち行こうか」
指差す方向。アトリエスペースには、一つだけ布のかぶった絵が置かれている。私が、また描き始めた最初の絵。どうしても形にしたかった一枚。
「は、はい」
気持ちが落ち着いていたはずなのに、いざ私がそんなことをいえば、また海崎さんが強張った表情を浮かべる。そんなに緊張しなくてもいいのに。
お互いに立ち上がって、そのまま一緒に絵の前まで歩いていく。
隣ではまだ彼女が緊張している。本当に、気持ちが顔によく出るなと思いながら、私は被せていた布を外し、彼女に絵を見せる。
「わっ……」
それが意識的なのか、無意識なのか、絵を見た瞬間に彼女の口から声が漏れる。
じっと、私の絵を見る彼女の瞳がキラキラと輝いているように見えた。
【桃色の彗星】
今回の作品のタイトル。
描いているのは、ピンク色の花。この花は《オドントグロッサム》と言って、[[rb:別名 > 彗星蘭]]。そこからイメージを引っ張り……
——— オドントグロッサムが咲き誇る丘の上、淡いピンク色の彗星が流れる夜空の下で一人の女性がバレエを踊る。ピンク色の花びらが舞い、スポットのように星々が輝く中で。
ただ、私がこの花を選んだ理由は他にもあった。この花の花言葉が【-----】だからだ。
この絵は、今隣で私の絵をじっと見つめる彼女という存在を形作った作品。
かきあげた時、ここの中に詰まっていたものが外に出たようなとても気持ちのいい気分になった。そして出来上がった瞬間に胸が酷く苦しくなって、彼女のことが頭に浮かぶ。
その時に改めて自覚する。
(あぁ、好きだな……)
彼女はこの絵を見てどう思うだろうか。彼女は敏感で鋭い。色や形、構図。あらゆる角度から私が描きたかったものや感情を読取る……
(あれ、それって不味いんじゃ……)
そう気付いた時には遅かった。
次の瞬間、隣にいた彼女が勢いよく私の両肩を掴んできて、私の顔を覗き込む。
肩にこもる力は強くていたいと感じるけど、それ以上に彼女との顔の近さに意識が持っていかれて思わず顔をそらしてしまった。
(近っ……!)
「先輩、あの絵……すごくいいです」
「ぁ、ありがとう……」
「すごくいいです、すごくいいんですけど……」
声が、今にも泣き出してしまいそうな声だった。案の定、顔をあげた彼女の目には涙が溜まっていた。
「先輩、好きな人いるんですか?」
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