14話「おばけ?天使の間違えでは?」:叶恵side

もう何度目になるかの悲鳴を聴く。そして、勢いよく出口から出てくるお客さん。そんな様子を目にすれば、他のお客さんはドキドキした様子を浮かべる。

文化祭当日、自分のクラスの出し物の当番が終わり、先輩に連絡すればまだ登板とのことだった。終わるまで待とうかなとも思ったけど、せっかくなら遊びに行こうと思って、先輩のクラスの列になるんでる。


「やべー!!ドキドキして来た!」

「ねぇ、ほんとにおばけ出るの?」


で、残念ながら叶恵一人ではなくて、ママときていためぐとかずと並んでる。ママ、今お手洗い行ってるから、お化け屋敷連れて行って欲しいて言われちゃって……小さい子一人にできないからって。

かずはなんか目を爛々に輝かせているけど、めぐは今にも泣き出しそうだった。


「大丈夫大丈夫。作り物だから怖くないよ」

「そういえば、かなちゃんの好きな人もここでしょ?」


足元。叶恵の手を握る数が見上げながら尋ねてくる。実際、お化け屋敷に入りたがったのも、二人が先輩に会いたいって言ったのがきっかけだった。だからって、怖い思いまでして入りたいか?


「次の方どうぞ」


ついに叶恵たちの番が回ってくる。めぐを抱きかかえて片手で支える。会いた片手でかずの手を握る。

中に入った途端、辺りを興味深そうにキョロキョロするかずと怖がって叶恵に擦り寄るめぐ。なんて対比なんだろう。


「わー!!障子から出てきた!!すげー!!」

「先輩どこにいるんだろうな」


随時怖がるめぐ。仕組みに興味惹かれて怖がらないかず。先輩を探して全く周りを気にせず進む叶恵。3分の2が全く怖がらないから先輩たちもやりがいないだろうな。


「かなちゃんもう出口だ」


視線の先、わずかに光が漏れでる場所がある。結局、先輩を見つけることができなかった。入れ違いになったのだろうか。


「ねぇ……」


不意に、耳にねっとりとした声が聞こえる。だけどその声は、随分と聞き慣れた声だった。


「貴女の目……綺麗ね……私に、ちょうだい」

「よ……」


目の前にいる長い黒髪を前に垂らした白い長袖ワンピースを着た女子生徒。叶恵はその姿を知っている。


「喜んで!」


感情が高ぶり、やっと会えた愛しい人に全力で自分を捧げる発言をしました。

おばけ?何を言ってるんですか!目の前にいるのは天使ですよ!!天使以外の何物でもないですよ!!

だけどその天使は、天使とは思えないほどに不機嫌そうな顔をしていた。

あぁ、そんな顔も素敵です。





「全く。どこの世界に、自らおばけに目を差し出す子がいるの」

「え、おばけ?天使の間違えでは?それに、先輩だから目を差し出したんです。他の人だったら絶対あげません」


あの後、着替えを済ませた先輩と合流。妹と弟はちょうど出たタイミングでママがいたからお渡しした。先輩のことは後日紹介することにした。


「で、どこ行くの?外の出し物は行きたくない。寒いから」

「あー、いつも通りドライな先輩好きだなぁ。叶恵も寒いの嫌なので校内回りましょう」


文化祭前日。先輩に《一緒に回りませんか》と断られる前提で聞いてみたら《いいよ》と返事をもらった。最近は、先輩が素直で本当に可愛くて仕方がない。でも、普段のドライな感じもすごい好き。もう先輩の全部が好き。


「どれがいい?」

「へ?あー……チョコですかね」

「じゃあチョコ一つといちご一つ」


校内の出し物は基本的に教室を使って行う。だけど、所々で外の店舗が中で小さな屋台で販売をしている。

先輩ときているのはクレープやさん。種類はお店が小さいこともあって少ない。まぁ悩まなくていいんだけど。


「はい」

「ありがとうございます。えっと、いくらですか?」

「いいよ。おごり」


一口クレープを食べると、先輩は叶恵の先を歩く。

ここで「いえ!そんなわけには!」なんて言ってしまえば、先輩のご機嫌を損ねるかもしれない。それはそれはいいけど、せっかく先輩と回れてるんだ。楽しみたい。


「ありがとうございます。お礼に、叶恵のを一口あげます。なんて……」

「ん」


冗談のつもりで言ったけど、先輩は叶恵の手をとって、そのまま自分の方に引き寄せて一口食べる。少女漫画の、男の子がするようなそんな行動。一瞬何が起きたのかわからずに反応が遅れてしまった。

ペロリと口の端についたクリームを舐めながら先輩が叶恵を見上げてきたことで、急に恥ずかしさが込み上がってきて先輩から距離を取る。


「ん、チョコも美味しい。私のも食べる?」

「い、いえ……け、結構です」


先輩たまに、こういうタラシっぽい行動するから心臓に悪い……

可愛かったり、冷たかったりする先輩は好きだけど、こういう先輩はかっこよすぎて、正直反応に困る。


「ふーん。結構こういうのに弱いんだ。意外」


叶恵の顔を覗き込むように、ニヤニヤと笑みを浮かべる意地悪な先輩。からかわれているっていうのに不満はあるけど、だけど好きという気持ちが強すぎて反論できずに拗ねることしかできなかった。


「安心して。こんなこと他の人にはしないから」

「……え。それってどういう……」


その時、ふわりと鼻に抜ける独特な匂いがした。

どこからだろうと思ったけど、その匂いは先輩からだった。

それは随分と嗅ぎ慣れたものだった。叶恵の部屋にも充満して、すっかりと香りを塗り替えられてしまったもの。


「先輩……」

「ん?」


少し前を歩く先輩が、クレープを一口食べながら叶恵の方を振り返る。正直その姿はめちゃくちゃ可愛かった。


「絵、描いてるんですか?」


それは、絵で使用される絵の具の匂いだった。

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