13話「世界(いろ)」:夢乃side

文化祭もまじかに迫り、校舎内は普段よりも華やかになっている。

とは言っても、私からしたら普段よりも装飾などで物が増えただけにしか思えない。

色のないモノクロの世界。私はそこをいつものように歩き、いつものようにクラスメイトと話て文化祭の準備をする。


「うん、バッチリ」

「夢乃、元々の素材がいいからシンプルなおばけでも雰囲気でるよね」


私のクラスはお化け屋敷。そして、残念なことにおばけ役に抜擢されてしまった。まぁ単純にじゃんけんに負けただけなんだけど。

準備された衣装はとっても有名なおばけ。映画にもなった、テレビから出てくるやつ。貞美だっけ?あれ、貞夫?よく覚えてないや。


「メイクも衣装もそんなに時間かからないし、本番の時は最後に準備するね」

「うん」

「よし、試しだから着替えていいよ」


クラスメイトに返事を返し、そのまま着替えに行こうとした時に手にしていたスマホが震えた。

メッセージの相手は海崎さんだった。


《ポスターできました!!クラスに行っていいですか?》


例のポスターができたと言う連絡。本当に、あの子は完成するまで私に会いにこなかった。まぁメッセージだけは何度か送られて着たけど。


《こっちにはこなくていい。作業の邪魔になるし。図書室にいて》


返信返したあと、ふと私は自分の衣装に目を向ける。このまま行くわけにもいかないし、一旦着替えないといけない。


「ねぇ、ちょっといいかな」

「んー、ナンジャラホイホイ」


着替えの時間を少しばかり時間をもらうため、海崎さんにはメッセージと一緒に写真を添付して送った。


《着替えて行くから、大人しくしててね》

《ぬああああ!できることならそのまま!》

《嫌だ》


水でメイクを洗い流し、白い長袖ワンピースを脱いで、いつもの制服に戻る。クラスメイトには少し抜けることを伝えて、そのまま図書室へと行く。

人の行き交いが激しく、出し物の道具でいつもより狭い廊下を歩きなが、私はやっとの思いで図書室へとたどり着いた。

文化祭の準備もあり、教室には誰もいない。司書さんの姿もない。のに開いているのは、彼女がいるから。


「あ、先輩!」


私の姿を見るなり、表情が花咲くように明るくなる。本当にわかりやすい子だな。

そのままいつもの席に腰を下ろし、海崎さんと向かい合わせに座る。随分と嬉しそうにする彼女の表情。なんだかそれを見てると恥ずかしくなり、顔をそらした。


「それで、ポスターは?」

「はい。……じゃーん!」


そばに置いていたカバンの中から、完成したポスターを自慢げに私に見せて来た。私は、ゆっくりとそのポスターに触れる。

少しだけ”幻想的な青空”と、羽の生えた”金髪”の少女が鳥籠から笑顔で羽ばたく瞬間。

今年の文化祭テーマは


————— 自由


それをしっかりと表した一枚となっていた。

不恰好で、でも初期の彼女の絵に比べれば驚くほどの画力の向上だった。


「どうですか先輩。でも、先輩が描いた方がもっと素敵に……先輩?」


気がつけば、私は彼女の隣に席に腰を下ろしていた。気がつけば、私は彼女の手にしているポスターの横をすり抜けて、頬に触れていた。

“白い”肌。癖のある”茶色”の髪。そして、あの目。何が起きたのかわからないほうけたような顔をする彼女に苦笑いをするが、あまりの光量に私は目を細める。


「あぁ、貴女はこんな姿(いろ)をしていたのね」


色のない私の世界が酷く鮮やかな世界になった。

それは彼女の見せてくれた絵を中心に波紋のように広がった。

あの瞳以外、私の世界に色なんてものはなかった。だけど、この絵を見せられた時、目と同じように色がついていた。そして、確認するように触れれば瞬く間に、私の世界に色が滲んでいった。


「せ、んぱい?」


戸惑う彼女を私はぎゅっと抱きしめる。手からこぼれ、すり抜けた色が、また私の世界を鮮やかにした。

すでに脳が処理に追いついていないのか、普段だったら戸惑う彼女が落ち着いている。完全に現実逃避をしているようだった。


「下手くそね」

「ひどい!」


私がそう口にすれば、彼女が反論する。よかった、いつもの彼女だ。

私の絵が大好きで、ストーカー並みに私を追いかけて、残酷なまでに絵を描くように強要する、変態で頑張り屋で、素直な後輩。


(あぁどうしよう。気持ちが高ぶる)


まるで乾ききった泉の地下から、一気に水が湧き出てくるようなそんな感覚。

グッと唇をかみしめ、ぎゅっと両手を握る。


(絵が描きたい、絵が描きたい、絵が描きたい)


この込み上がる感情をいますぐ形にして、吐き出したい。

身が震える、感情の高ぶりで涙がにじむ。

あぁ兄さんの言う通りだった。


————— 線の向こう側で、手を引いてくれる人かな


「あの先輩。大丈夫ですか?」

「……平気よ」


ずっと動かなくて、ただ身震いしている私を心配した彼女が声をかける。ずっと思ってた。このまま一生絵は描かないと。描けたとしても、それは何十年も先のことだと思ってた。なのに、こんなにあっさりと……


「ごめんなさい。変なこと言って」

「い、いえ……寧ろ、先輩が絶対やらないようなことしたせいで、一周回って冷静です」

「……そう。だったら、さっさとポスター提出して来な。生徒会長、待ってるでしょ」

「でも先輩、下手くそって言った」


拗ねるように、口元を尖らせながら言う海崎さん。なんだ、気にしてるんだ。でも、気にしないで欲しかった。確かに、私からしたらお世辞にもうまいとは言えない。だけど。


「普通にうまいよ。だから自信持って」


ニッコリと笑みを浮かべながら、優しく頭を撫でてあげる。

不思議と気持ちが穏やかで、酷く暖かい。


「なんか今日の先輩、優しい……」

「あら、優しい私は嫌?」

「そんなことないです!寧ろ、ダメになるぐらい甘やかして欲しいです」

「ふっ。お断りよ」


その後、彼女は図書室を後にして生徒会室へと向かう。それと入れ違いで司書さんが戻って来たので、私も教室を出た。

一旦暮らしに顔を出し、用事ができてしまったからこのまま帰ることを伝える。すでに授業時間はすぎており、放課後になっている。クラスメイトたちはうるさく手伝いを強要することなく「またね」や「お疲れ」と口にする。

どこに目を向けても、酷く色鮮やかだ。まだ目がなれなくて太陽を見上げるように手をかざす。


「もしもし兄さん」


昇降口。みんなまだ文化祭の準備をしているようで、帰宅している生徒の姿がない。上履きから外履きに履き替える。


「ごめんね、急に電話して。今日って、バイトはどれもお休み?」

『あぁ。今日は授業終わったらそのまま帰るけど』

「実はお願いがあるの」

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